「動的平衡」を理解しないとー100年の森づくりはできない(2019/3/24)

2月16日開催された新・豊田市100年の森づくり構想策定記念シンポジウムに行ってきました。

豊田市の100年の森づくり構想、市町村の森林行政がどうなっていくのか?勉強部屋でもご紹介しました。森林経営管理における市町村の役割、新・豊田市100 年の森づくり構想(2018/7/16)

地域森づくり会議、人工林の目標林型と将来木施業など、面白いです。興味のあるかたは、こちらから是非どうぞ→新・豊田市100年の森づくり構想 概要版 (PDF 1.2MB)

とこで、今回豊田市まで行ってシンポジウムに出席したのは、市民にどんなにうけいれられているのかの雰囲気を知りたい、外国人がだれでも知っている日本の地名(Toyotaは、 Tokyo、Kyoto、,Hirosima次でしょうか)の森づくりを海外に発信したいなど、色んな思いがありましたが、、全国で課題となっている皆伐の拡大とその後の森づくりのイメージがどうなっているのか、という興味もありました。

それはそれとして(後述します)、生物学者の福島伸一氏の基調講演インパクトがありました。

(動的平衡を理解しないと森林整備をリードできない?)

演題は、「生命とは何か、生命科学から森への招待」パンフレットから説明を引用します。

生物学者になるずっと以前の私は、美しい蝶、珍しい甲虫が大好きな昆虫少年だった。図鑑を調べ、採集に出かけ、じっと獲物を待ち、一心に標本を作った。あるとき子ども用の顕微鏡を買ってもらった私は、レンズを通してみた虫の卵の艶やかさに息を飲んだ。「センス・オブ・ワンダー」、すなわち自然への驚嘆や畏敬の念が、生物学者を志すきっかけになった。
現在、私たちの周りには生命操作を巡る様々な議論がある。遺伝子組み換え、クローン技術、iPS 細胞、臓器移植・・・・・・。これらを可能とする先端技術の通奏低音には、「生命とはミクロな部品が集まってできたプラモデルである」という見方、すなわち機械論的生命観がある。
かつては私自身も、機械論的に生命を捉えていた。しかし研究上の壁にぷつかり、今一度「生命とは何か」という問いに向き合うことになる。
ルドルフ・ジェーンハイマーは、生命が「動的な平衡状態」にあることを最初に示した科学者だった。私たちが食べたものの分子は、身体を構成する分子と絶え間なく交換されつづけている。つまり生命とはプラモデルのような静的なパーツからなりたっている分子機械ではなく、パーツ自体のダイナミックな流れの中に成り立っている効果そのものなのである。この「動的平衡」論をもとに、生命とは何かを改めて考察してみたい。
さらに、世界を動的平衡の視点から見つめ直したとき、森林の中にも、そして人間と森林とのあいだにも動的平衡の関係性があることに気付く。例えば、近年シカやイノジシなどによる獣害が激しくなったと言われている。原因は、伐採などで住処の森を奪われたから、と考える人も多いかもしれない。しかし、ここでもう少し長い時間軸で日本の森林の歴史を追ってみると、違うものが見えてくる。
日本では、木材などに使用するために、各地で自然林を杉などに植え替えた歴史がある。初期には人の手によって定期的に間伐され管理されていたことで、森に光が入り、下草が増え、森の動物たちにとっても住みやすい環境があった。ところが、杉が成長して林冠が閉じたことで、森は暗くなり、エサとなる下草が減ってしまったのだ。エサが不足し始めた動物は食糧を求めて里に下りるようになる。
生命の内部と同じように、自然は常に人間との関係性のあヽだで平衡状態を保とうとしている。森林と、自然と上手く付き合っていくには、物事を大きな視点で、そして長い時間軸の中で捉えていくことが重要だ。 

このままいったらどうなるか、補助事業はうまくいったが、それで将来の森づくりはうまくいくのか?といった長い時間軸。森林関係者には不可欠な視点です。(木楽舎:動的平衡、購入しました)

基調講演を福島さんにお願いした経緯を主催者に聞いてみました。

生命とは、エントロピー増大の法則に対抗するため、自らを壊し捨てている。人工林で、壊さなくなったら過密人工林になる。だから間伐が必要だ。天然林も森を維持するために、陽樹から陰樹へ入れ替わり、極相状態に達しても常に入れ替わっている。森林の植生遷移とは、超長時間においての動的平衡なのである。森林技術者は、動的平衡を理解しなければ森林管理はできない。そんな森を豊田市は目指すし、そんな森林技術者を育成したい

(気になることー次世代の森林づくり)

国産材の時代がきて、伐採跡地、特に皆伐跡地の問題が話題となっています。それで、主催者豊田市ではどうなっているの?と聞いてみました。

新・構想は皆伐を全否定するものではありませんが、今はそのタイミングではないだろうという考えです。価格やコストやシカなどの問題がある中で、安易に皆伐―再造林の旗を振れない、それは無責任なことではないか。
間伐遅れ林分が多いので。それを1回目間伐(切捨て)を終えて、次は利用間伐、そのように新陳代謝を図りながら目標林型にもっていく、そして最後は主伐。そこまでは、新・構想の計画期間の20年間では行きつかないだろう(多くの人工林は)。次の構想で、もう一度検討しよう。
 今、豊田市では皆伐はほとんどない。今のうちに、皆伐ルールを作ろうとプロジェクトを構想中

だそうです。

皆伐をして、新植して、下刈りして立派な山づくり、という前回(戦後の造林)やった方式は、生態的にも経営的にも批判の多い方式です(→林業がつくる日本の森林(2017/1/29) )。

が、1000万ヘクタールの人工林の次世代の森林づくりを、公的助成をしながらその目的の達成状況を管理していくという、巨大なプロジェクトを実施するために、皆伐して新植した上で管理するという方法は、きわめて効率的なシステムであることも確かです。条件によってどんなシステムで管理するのかという議論がもっと進まなければならないと思います。

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