SGECがFSCと別に出来るわけ(2003/06/13)

SGEC設立総会会場で取材にきていた報道関係者から、なぜFSCと別の制度ができるのか?という質問をうけました。両方のプロセスに関係している小生としては一応整理しておかなければならない論点です。

現時点の日本でFSCとSGECが併存する社会的背景は二つあると思います。

一つは、FSCが世界中の消費者に説明責任を負っているのに対し、SGECが日本の消費者だけに責任を負う立場なので軽量効率的なシステムが出来る余地があるという点です。もちろん日本の消費者の点が甘いといっているわけではありません。森林の状態に同じハードルが設定されていたとしてもそれを、日本人に説明する場合、世界中の人に説明する場合(言葉の問題も含めて)とでは、負担が違ってきます。ただし、あくまで「余地」であり、そういうシステムが現時点で明快に提案されている訳ではありません。どれだけ効率的なシステムに仕上がるのか将来の検討課題です。

もう一つは、残念ながら日本の林業関係者には環境団体に対する偏見があります。だから、環境団体が主導していると思われているFSCには一線を画したいと考えている人が意外に多いのが現実です(個人的には残念なことではあると思いますが)。

以上を基盤にして二つの制度が並立することになった(評論家のようで申し訳ありませんが、私は「並立させるべき」という立場ではありません)のではないか、というが私の意見です。

SGECの関係者とFSCの関係者で何回か意見交換の機会が設けられているようですので、2番目の点については、取組が進んでゆくに従って次第に薄らいでゆくのではないかと思いますが。(環境団体側にある森林計画制度などに対する不信感も払拭されてるとよいと思います。)