構造から見た森林認証制度の比較(2003/4/13)


○白石則彦・西山泰三(東大農)

1.はじめに
 持続可能な森林経営を実現するひとつの手段として,森林認証制度が注目を集めている。現在,活発な活動を繰り広げている森林認証制度としては,大別して非政府組織である森林管理協議会(FSC)によるものと,欧米を中心に各国レベルで独自に開発された森林認証制度がある。後者は1999年に設立された汎ヨーロッパ森林認証制度(PEFC)にそれぞれ承認され,さらにアメリカとカナダの森林認証制度も2001年にPEFC傘下に加わり,地域を越えて広がりを見せている。このようにPEFCが承認,相互承認によって適用地域を拡大しているのに対し,FSCは相互承認という手段での拡大を取らず,独自の路線を進んでいる。特に最近では,両者は互いに批判をするなど,歩み寄る気配は全く見られない。本報告は,FSCとPEFC傘下の森林認証制度では根本的な性質が異なるのではないかとの視点から,主に制度の構造に着目して両者の比較を試みたものである。

2.認証制度の基本的性質の比較
 FSCは,熱帯地域を中心に貴重な天然林が減少するのを憂慮した国際的環境団体が核となって設立された。世界のさまざまな森林を対象に,社会経済的背景や自然環境を問わず認証審査が行えることを目指した結果,パフォーマンス基準に基づくオンサイトな審査を重視したものとなった。言い換えれば,森林管理の達成度を現場で実際に審査するということである。この背後にある考え方は,熱帯諸国にも形は立派な森林計画や森林保護政策があるかもしれないが,それが適切に実践されなかった結果として森林減少が起こっているのであり,各国の制度や法律を信じないで自らの価値判断で審査を行うということである。認証森林に制度や法律によらない「自発的な」保護林の確保を求めているのはそのことの表れといえよう。
 FSCの認証制度においては,現場の管理水準はそれぞれ独立した経営計画をもつ経営体ごとに異なることを前提に,認証の取得単位も個々の経営体としている。すなわち,優良な経営体を厳密に峻別するという考え方である。一方,そうした優良な経営体は,ラベルの付いた認証木材を供給することによって市場での優位性,例えば参入機会やシェアの増大,価格プレミアムなどの便益を獲得することが期待される。ラベリングとCoCシステムは,認証木材とそうでない木材を分別するために不可欠なプロセスであり,FSCは厳密な運用を求めている。FSCのいうところのmarket-basedとは,認証を取得して認証木材を供給することが市場メカニズムに委ねられた自発的な経済活動と位置づけられていることを意味しており,FSCの認証制度は,市場での商品の差別化を原動力としているといえよう。市場におけるターゲットは,環境や社会への配慮を付加価値と感じる比較的限られた購買層である。すなわちニッチ市場を対象としている。
 欧米各国は,UNCED(1992)とそれに続くヘルシンキプロセスやモントリオールプロセスの批准(1993)を受け,持続可能な森林経営を実現するための森林の環境に関わる各種の法律を整備した。さらにFSCの設立(1993)を受けて,認証木材市場が形成されることに対抗するため,各国の林業・林産業界が中心となって,それぞれの国で法律と一体となって機能する森林認証制度の開発に着手した。元来ヨーロッパ各国は森林管理に長い歴史をもっており,国内の森林はすべてある程度以上の管理水準を確保しているとの自負を抱いている。従って森林認証制度は,国の制度や法律の遵守を前提とした上で,法律等に馴染みにくい内容をカバーするという構造になっている。それらはおのずから自発的な内容であり,到達しているかどうかを評価するパフォーマンス基準というよりは,自己点検による継続的改善を目指したISOのシステム基準の性質が色濃く取り込まれたものとなっている。こうした性質の結果として,これらの認証制度により国内の多くの森林が認証されると見込まれ,その場合にターゲットとする対象は一般市場である。PEFC傘下の認証制度の中にはラベリングシステムを伴わないものも多いが,それはFSCが目指したような差別化を積極的に追求していないからである。それでもPEFCによって認証された木材は,非認証木材に対してはある程度の優位性を発揮し,またFSC認証材に対しても認証がないことによる不利益を回避することには有効である。

3.考察
 FSCとPEFCの対立の主な論点は以下の通りである。すなわちFSC側はPEFC傘下の認証制度に対して,@明確なパフォーマンス基準を採用していない,A環境や社会の側面が弱い,という批判をしている。@に関しては,欧州各国の森林管理の長い歴史と,環境にも配慮した制度に裏打ちされた管理水準の高さを背景に,システム整備を重視する姿勢をとっているためである。Aについては,例えば認証制度が保護林の設定を求めていないことをもって環境面が弱いというのは誤りである。制度が適切に機能していると考えている国においては,制度や法律と一体となって機能している認証制度の部分だけを抜き出して比較することは無意味である。
 他方,PEFC側はFSCに対して,B認証審査のコストが高い,C林業界に厳しすぎる,といった批判を加えている。Bについては,FSCがその地域の制度や法律の遵守を前提とせずオンサイトに審査を行うのであるからやむを得ないと思われる。法律の遵守を前提せず,いわばゼロから審査を行うFSCの姿勢を欧州諸国が嫌っているとも考えられる。Cについては,PEFCがFSCに対抗する形で業界中心に開発された経緯があり,世界の貴重な天然林を保全するために認証制度を作ったFSCとは立場が異なるのである。
 このように,相互の批判の多くはそれぞれの森林認証制度が構造的に有する根元的な性質に由来することが明らかとなった。

4.結論
 これまでの考察から,FSCは制度や法律,その遵守が担保されていない地域においても適用できる認証制度であり,差別化の便益を引き出すため,認証木材市場を開拓していく立場にあると位置づけられる。これに対しPEFCの認証制度は,よく管理された社会において初めて成立する制度であり,認証木材市場が形成された場合に認証がないことにより市場で不利益を被らないために準備された制度であるということができる。