富山発優良無花粉スギー林木育種の動向と最前線(2023/9/30)

林政ジャーナリストの会の取材旅行で、9月21日富山県森林研究所で無花粉スギの開発について説明を受けました。

岸田文雄首相が「わが国の社会問題」と述べ、意欲を示した花粉症対策

国民病となったスギの花粉症。花粉症対策は森林行政の重要な課題になっています。

このサイトでも追いかけてきました

花粉の季節ー無花粉スギの開発考(2018/4/22)

花粉を出さないスギの品種があるとして、そんなスギをどのように、増やしていけるのか?そんなスギを日本中に増やして他のスギに大きな問題がおきないのか?

無花粉スギの開発現場で色々考えてみました。

(富山県の無花粉スギの開発の歴史)

右の表は、パンフレットから。

1992年に富山市内の神社境内で無花粉スギを日本で初めて発見から始まって、優良無花粉スギの大量生産体制をつくってきた、記録

日本の最前線なんですね

(無花粉スギの大量生産に向けた動き)

1本の無花粉スギからどのように、山に植える苗木まで増やしていくのでしょうか?遺伝形質をそのまま引き継いて増やしていくのは挿し木苗?

必ずしもそうでないんですね。左の図はいただいたパンフレットにあった「生産技術」の説明図。

左の上が、境内でみつけた無花粉スギ、「母樹」といっていますね。それが、右下の優良無花粉スギ「立山森の輝き」まで至るプロセスは?

aaとかaAとか書いてあるのは、花粉形成にかかる遺伝形質で(懐かしい、メンデルの遺伝の法則の内に優劣の法則。)

少し復習しますねーーー花粉がつくられるかつくられないかは、二つの遺伝子の組み合わせ(遺伝子型)できまる。aが花粉をつくらない遺伝子でAが花粉をつくる遺伝子。

二つある遺伝子が、雄花の花粉、雌花の胚珠になるときに二つの分かれるのですね。そして胚珠に花粉がつくと、それが一体化して二つの遺伝子を併せ持つ種となる。

そして、aaという花粉をつくらない遺伝子が合わさると花粉ができない個体(樹木)となり、AAという花粉をつくる遺伝子が合わさると花粉ができる個体となり、aAという二つの遺伝子が合わさると?花粉をつくる形質が現れた個体となります。(aが劣性遺伝子で、Aが優勢遺伝子ですね。(最近は優勢遺伝子のことを顕性遺伝子、劣性遺伝子のこと潜性遺伝子ということが多いんだそうです)(優劣をつけない))

無花粉スギの樹木は花粉をとばさないけど、雌花はつくる(aの雌花)。そこに、他の個体の花粉がつくと、種ができるんだけど、その花粉がaAの個体が作った花粉だとすると、半分はaの遺伝子なんですね。なので、aの花粉がaの雌花につくと、aaの種子が生まれます。(花粉を付けない新しい個体の種子誕生)

というように、aaの種を生むには、Aaの個体が大切で、これが、上の図の右側にあるいくつかの精英樹です(今まで成長が良いので精英樹だとして採穂園をつくってきた種類の樹木の一部に半分無花粉の遺伝形質を持つものがあった!)。

成長のよい、Aaの精英樹とaaを二回ぐらい掛け合わせたのが、優良(成長のよい)無花粉スギ「立山の輝き」なんですね。

ーーー(ここまででメンデルの法則の復習終わり)

この優良無花粉スギの生産を右のように増やして行く過程にはいっているようなんです。

つまり、一本の無花粉スギから優良な木をつくったり、増やしたりする過程で、種をつくる過程が大切です。

ただし、この苗木からつくった木をたくさん植えておいて挿し木苗で安定的にふやしていく、というプロセスになる方向みたいです。

(無花粉スギを全国に植えても大丈夫?)

無花粉スギをつくるのが、品種「改良」なのか?まずい遺伝形質の個体を人間の都合で増やしをひろめて、自然界ダメージはないのか?などなど、議論がでてきているようです。

ーーーーー今回同行して、いろいろアドバイスをいただいた、中部森林管理局のI局長から「全くの個人的見解である」とコメント付きで、問題点の整理方法と、ご意見をいただきました。すごく参考になるので、了解を得て概要を掲載します。

 問題点のカテゴリー  I局長のコメント(藤原の責任で省略しています)
 <主に倫理的な論点>  
 1.品種改良といっても、自ら子孫を残す能力が低い(つまり、種子親(母親)にはなれるが花粉親(父親)にはなれない)品種を作って大量に植栽することは「生殖」の領域に手を出すことであり、自然科学が手を出してよい範囲を超えておりさすがに行き過ぎで許されない。  山にいくら大量に無花粉スギを植えたとしても、それらの植栽木は、成長したら主伐して再造林するのが人工林施業の大前提であり、このことは、花粉を出す通常のスギ品種であっても同じだと思います。花粉を出す通常の品種であっても、主伐せず放置した場合に植栽木が自然交配して天然更新したり生息域を拡大することはほとんど考えられないと思いますので、無花粉という理由だけで山に大量に植えるのはマズイというのは、倫理的な価値観という観点で考えたとしても、あまり明確な根拠があるとは思えないです。
そもそも無花粉スギは自然界で自ら子孫を残してきたものであり、人工的に花粉を出せないような遺伝子操作等を行ったものではないので、「生殖の領域に手を出」しているものではない。
 2生物の中で人間の都合の良い遺伝子を持つものだけを増やして利用し、自然交配によって世代交代し生息域を確保しようとする他の生物の生存を脅かすべきでない、あるいはそうしたプロセスを乱すべきではない  「生物の中で人間の都合の良い遺伝子を持つものだけを増やして利用し、自然交配によって世代交代し生息域を確保しようとする他の生物の生存を脅かすべきでない、あるいはそうしたプロセスを乱すべきではない」という価値観はあり得ますが、そのような価値観で見れば人工林施業そのものを否定することになりますし、農産物や水産物のほとんどもそのような価値観には抵触しますね。(天然林施業であっても、全く人為を加えず自然の推移に委ねる施業を除き、多かれ少なかれ抵触すると思いますが・・・。)
<主に科学的・技術的な論点>  
2.人工的に開発された特定の品種の苗木を大量に作って広域的に植えることで、各地域でこれまで育まれてきた多様な品種(ローカル品種等)が使われなくなり、各地域の林業や木材利用の独自 性・多様性が失われるほか、人工林の遺伝的多様性も低下し、病虫害や気象害で一斉に被害を受けたりするのではないか。  林木育種の基礎的な理論と手法においては、こうした弊害をできる限り低減するため(リスクをゼロにはできないため、どの程度リスクを許容するかは科学的観点の他に社会的合意が必要だと思います)、育種に用いる元となる素材(交配に用いる精英樹など)の遺伝的多様性を可能な限り高く保つよう留意されています。
 3.貴重な天然スギ林と交雑して遺伝子かく乱(例えば、地域の独特の気候風土への順応性が失われたり、天然更新の能力の低い子孫が生まれる)を起こしたり、天然スギ林だけでなく他の樹種などを含め地域固有の自然植生・生態系を壊してしまうのではないか。  無花粉スギが私たちがコントロールできないような形で周囲の天然林や他の植生・生態系を脅かす存在になることはおよそ考えにくく(アメリカザリガニやブラックバス、マングースなどのコントロール困難な爆発的増殖を見せた外来生物とは異なり)、あまり問題にはならないのかなと思います。ーーー遺伝子かく乱の問題は、無花粉スギに限らず、通常のスギ品種であっても、あるいはどんな樹種や動植物であっても、外から導入した品種と在来の品種との間で常に起こり得る問題であり、無花粉スギだけの問題ではないとは思いますが。

ーー以下紹介いただいたフェイスブックに掲載してある情報を載せますね

市民の声

 少花粉スギや無花粉スギは?
あんまり育てたくはないんです・・
ある組織で苗木づくりを担当している女性は、そう答えた。尋ねた私もそうだろうな、と思った。女性が願っているのは、自分が育てた苗木が山に植えられ、元気に大きく育つことなのだろうから。
花粉をまったく出さないか、あまり出さないようにと社会の期待を背負って山に行く。生命体である樹木にそういう役割を担わせ、大量に自然の中に送り込む。
直感的に「よくないな」と思う。女性の感じ方はまっとうだ。「自然」や「命」への感性を鈍らせたくはない。

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ある研究者の声

・無花粉スギは自然界に存在するものから選び、自然界で起こりうる交配によって品種を作っています。なので遺伝子の組み換えなどはおこなっていません。
・無花粉スギは花粉を飛ばさないので、花粉を通じて無花粉の遺伝子が天然のスギに交じる可能性はありません。
・天然スギから飛んできた花粉が無花粉スギの雌花に付き、そしてできた種子は散布されますが、その範囲は長くて100m前後ですので、天然林の中に種子が飛んでいって、そこで定着する可能性も限りなくゼロです。

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(花粉症の対応策そのほかにないの)

研究者の方は、これらの議論の倫理的なもの(「自然」や「命」への感性を鈍らせたくはない)と、「気持ち悪い」という倫理的な問題点は、しっかり考えて行かなければならないですねーといわれていますが、私自身も共感します(市民の声)。

その一環として、「昔日本には花粉症はなかった」という、大切な話に触れておきましょう。(今回の取材旅行での情報ではなく、ネット上の情報でに基づく考察)

海外では1819年が初の診断例とされています。
いっぽう日本では、1961年にブタクサ花粉症が、1963年にスギ花粉症が初めて報告されています。
つまり、日本での花粉症の歴史は60年ほどしかありません。年配の方が「昔は花粉症なんてなかった」というのは、歴史からすると正しいのです

「戦後スギが増えからだ!!」ということがいわれますが、周辺にスギがたくさんあった地域は大昔からたくさんありました(北秋田とか吉野とか)

そいいうスギ花粉だらけだったところで、花粉症がなくて(多分)、最近になって花粉症が国民病になってきたのは、なぜか?いろんな研究がおこなわれているようです。大気汚染の関係だとか、食生活の関係だとか議論されているようです。

いずれにしても複合的な要因みたいなんで、もちろんスギ花粉がなくなれば、スギ花粉症はなくなるのは間違えないでしょう。ただ

花粉をなくすというスギの遺伝形質を増やしていくことばかり考えるのは気持ち悪い(スギにかわいそう)ので、総合的に色々な対策をとっていくことが大切だとおもいました。

舌下免疫療法(舌の下に治療薬をおいて数分間、毎日一回繰り返すと花粉症などが治る)の薬をつくる為に必要な花粉を富山県森林研究所は富山の製薬会社に供給しているんだそうです。(さすがに富山の森林研究所)(左の図)

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岸田文雄首相が「わが国の社会問題」と述べ、意欲を示した花粉症対策

というので、林野庁をふくめて、霞が関周辺は大きな課題になっているのでしょうが、無花粉スギ拡大のもっているリスク(市民の声)をしっかり念頭において、議論してほしいと思います。

kokunai6-63<mukahunsugi>

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