倉本聰さんのメッセージをどのように引き継ぐかー五感が目覚める森の時間ー感動させる文化は自然と結びついている(2026/10/8)

北の国からなどとテレビドラマを脚本を書いた放送作家 倉本聰さんがなくなりました。

東京生まれの東京育ち、東京大学卒業後、日本放送に入り、脚本家の道へ。NHK大河ドラマの脚本を書いている途中で、それをやめて、北海道へ

富良野で廃業したゴルフ場に、木を植えて、富良野塾等を経営して人づくりをしながら、北の国からなどの作家活動、や、森づくりや自然保護活動・・・・

北の国からの主人公、黒坂五郎(田中邦衛役)の言葉から、倉本聰さんのたくさんのメッセージが届けられていますが、・・・・

「金なんか望むな。倖せだけを見ろ。ここには何もないが自然だけはある。自然はお前らを死なない程度に充分毎年喰わしてくれる。自然から頂戴しろ。そして謙虚に、つつましく生きろ。それが父さんの、お前らへの遺言だ」

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ということで、少しネット上で、メッセージを探してみました。・・・

少し昔(2006年6月)の記録ですが、倉本聰さんの主張と実践活動がよくわかる、五感が目覚める森の時間ー感動させる文化は自然と結びついているというページの概要を報告

第一部 地球の健康診断(イントロ)

Qfrom編集部 倉本さんが富良野の地で取り組んでいらっしゃる「森の再生」について伺えますか?

Afrom倉本:僕たちはここで木を一本づつ植え、「森をもう一度取り戻そう」としているわけだけど、 世間一般で、「森を元通りの姿に戻す」という「森林再生の目的」がはっきりしていないように感じますね。 林野庁も、環境庁も「森が欲しい、森を作ろう」と連呼しながらも、 「何故森が必要なのか?」という核心となる理由も目的も明示していないように僕には見えるんです。

人類の歴史が始まって以来、森というものはずっと木材の畑でした。 僕たち人類は、「森の樹冠」から出てきた霊長類ですから、森はまさに「ふるさとそのもの」であるということは事実です。 でも僕の中では、そういった経緯からではなく、「森林を再生する目的」がはっきりしています。 「森で何が一番重要か?」と聞かれれば、それは「葉っぱ」。 
「葉っぱ」は光合成をし、二酸化炭素を取り込み、酸素を出してくれる。 酸素は、木や草の葉っぱたちが作ってくれているんです。 さらには、水を貯水するというのも「葉っぱ」の力があってこそ。 森に雨が降ったら、「葉っぱ」は無数の傘となり地表にいきなり雨がたたきつけるようなことがないようにしてくれる。 森の地面は散った「葉っぱ」が積もって柔らかなスポンジのように年中湿っている。だから水はゆっくり地面に沁みこみ、 地面は適切に水を湛え、森は自然の貯水池、つまりダムの役割を果たしてくれる。 つまり、僕が考える森の一番大切な機能とは、木の幹ではなく、「葉っぱ」なんです。 人類の考え方というのはまさに「幹を見て葉を見ず」だったように思います。 ・・・

近年、3兆円の赤字に悩む林野庁は各地の森を次々に潰してしまった。 ところが数年前、「酸素」とか「水」という公益的な観点から、全国の森を評価したら 一体どのくらいの金額に換算されるのか?を、日本学術会議に委託し、 「森林の経済価値」を「公益評価」として算出してもらったんです。 すると、なんと年間で76兆円という数字が出てきてしまった! 我々は自分たちの生命維持に一番大切なものである酸素や水を「当たり前のもの」とし、 今まで誰ひとりとして、この貴重な資源への対価を払ってこなかったんです。 人間という愚かな生物は何事につけ、お金に換算しないとその価値が実感できない! しかし、この厳然とした事実に気づいたものの、誰も森に投資しようとか、お金をつぎ込もうとはしないんです。

「森が欲しい」、「森が必要だ」と言っても なんとなくきれいだからとか、心が休まるから、癒されるとか、文学的な言い方に置き換えてしまい 「何故森が我々にとって必要なのか?」という根本命題を具体的に論議されないことにこそ、問題があると思うんです。 そんな時、僕の住んでいる富良野の大きなゴルフ場が閉鎖された。 これはいいチャンスだと思い、僕は「森の再生」を始めたっていうわけです。

・・・

Qfrom倉本:ところで、世界中には「不毛の地」ってものがありますが、実は日本にも「不毛の地」があるんです。 ご存知ですか?

Afrom編集部:どこでしょうか?

Afrom倉本:「不毛」というのは、文字道り「草木が生えない」ことですよね。ですから都会や道路は文字通り「不毛の地」です。 アスファルトには草木が生えない。「文明の発展」はある意味で「不毛の地」を増やす行為でもあるです。

「便利」を優先し、「不毛の地」を増やしているのが文明の姿であることを我々は忘れてはいけない。 「不毛の地」ってのは文字道り「人類=生物が生きられない場所」なんです。 では、不毛の地でも何故、皆が食って生きられるかって言うと、「有毛の地」からものを届けてもらう 運搬手段を用いることでサバイバルしているだけで、本来はおかしな状況なんです。

環境との共生を調査するため、10年ほど前にドイツに行った時の状況ですが 当時、ドイツの学校では、校庭のアスファルトを剥がすという活動を熱心にやっていました。 特に校舎の縁のアスファルトをはがして、そこに土を戻し、草花を植えていました。
僕は今こそ、「不毛の地」について真剣に考えるべきだと思っています。 アスファルトは水を吸わない、そのアスファルトで地べたを覆ってしまう都会の姿は、イレギュラーなんです

第二部 森が与えてくれる創造的な時間

・・・

Qfrom編集部:さて先ほどから「時間」への深い考察が感じられるのですが、倉本さんにとっての「時間」とはどのようなものなのでしょうか?

Afrom倉本:・・自然の中では、天候とか自分の空腹状態とかが「何かをする時間」を決めるものです。時間とは実にナチュラルな動きをするんです。富良野の森の餌場で、僕はリスを毎日観察していますが、天気とか風の具合とかで、朝飯の時間がかなり違います。例えば嵐の日、リスは飯を食おうとしません。だけど我々人間は嵐でも朝飯を食うでしょう? どっかで彼らと違うんだな、と思いますよ。ナチュラルな動きではなく、習慣で動いている。世間の慣習に縛られちゃってるんですよ。多分、これは25日には給料が出るってところから来ているのかもしれないけれど...。

第三部 富良野自然塾の活動

Qfrom編集部:倉本さんはヨーロッパ、とりわけ「ドイツの環境教育」に特別な感慨をお持ちのようですが?

Afrom倉本:ヨーロッパでは「文化度」、さらには「文明社会とは何か?を検証する際、成熟した文明社会というのは、エコノミー(経済)、エコロジー(環境)、カルチャー(文化)が三脚のようにバランスよく立っている状態を基準にしているそうです。これはまさに「至言」ですね。
日本の場合はエコノミーの柱だけが突出し、あとの2本の柱は潰れちゃって、三脚がしっかり立っていない。アメリカもそういう意味では、日本とどっこいどっこいですよね。アメリカはそれでも、ブロードウェイやハリウッドもあり、なんとかバランスをとろうとしている。しかし、我日本は残念ながら、エコノミーの柱だけが強くてあとの2本の柱はひょろひょろ、これではもう倒れるしかありません。三つの柱のバランス度が文明の成熟度だというヨーロッパの考え方に僕は強く共感します。今こそ日本はアメリカから離れ、ヨーロッパに学ばなくちゃいけない。

第四部 北の森からのメッセージ

Qfrom編集部:最後に、倉本さんの目指す「森づくり」について伺えますか?

Afrom倉本:「森」 に対する概念は、ヨーロッパと日本では相当違うと思いますね。 森本来の機能やそのつくりかた、さらには面積の設定も大きな違いがあります。たとえば、ニコル(C.W.ニコル氏)と僕とでも森の作り方はかなり違う。ニコルは下草がきれいに刈られた森が理想だというヨーロッパ的な森作りの発想です。でも、僕の場合はちょっと違う。可能な限り「実生」を優先する。つまり下草も大切にしながら 自然の力に委ねて「森の自発的な再生力を」促す。ある意味でヨーロッパの森は人間が守っている森なんでしょうね。でも、僕たちがここでやっている森づくりは自然のやっていることを若干手伝っているに過ぎない。 これに尽きるし、それ以上は出来ないと思っています。

英国人の山への思想を紹介しましょう。 Woods、これは最も人里に近い森を指し、日本風に言えば「里山」、 Forest、これは人の手の届かぬ原生林、「選ばれた者だけが行ける森」。 さらにこの上にTerritory of God、つまり「神の領域」を設定している。 この言葉は僕たちが森に対して出来ることの限界を教えてくれているように感じられます。

=-----以上です

人生の後半、富良野に行ってからの倉本聰の活動の原点が、森林との接点っだということがよくわかりました。

また、主張するだけでなく、実践的な活動を積み上げて来ました。(富良野自然塾!昭和記念公園に東京校もあるんだそうです!!)

五感が目覚める森の時間ー感動させる文化は自然と結びついているは20年前のインタービュー記事です、ので、だれも森の環境的価値に投資をしない、といった現状とすこし違ってた指摘もありますが、社会が20年前の倉本さんの指摘に追い付いてきた・・・

彼が富良野からで築いてきた森づくりー自然教育のシステム、今後も発展していくことを祈念します

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参考;:倉本聰とは、倉本聰界隈、ウィキペディア(Wikipedia)などから

1935年東京出身、脚本家・劇作家・演出家。
東京大学文学部美学科卒業後、1959年にニッポン放送へ入社。
「倉本聰」のペンネームで脚本家としての活動を行い1963年退社後に独立。
1977年富良野に移住して居を構えると、1984年から役者やシナリオライターを養成する私塾「富良野塾」を主宰。
代表作には国民的ドラマ「北の国から」をはじめ「優しい時間」「風のガーデン」の“富良野3部作”の他、「前略おふくろ様」「昨日、悲別で」「ライスカレー」など多数。
2024年秋には構想60年の映画脚本「海の沈黙」を手掛けるなど数々の名作を輩出。
2006年より「NPO法人C・C・C富良野自然塾」も主宰し、閉鎖されたゴルフ場に植樹を行い、元の森へと返す〈自然返還事業〉と、そのフィールドを使った〈環境教育プログラム〉にも精力的に力を注ぐ日々を過ごしている。

代表作(テレビ):「前略おふくろ様」/「6羽のかもめ」/「北の国から」/「昨日、悲別で」/「失われた時の流れを」/「優しい時間」「祇園囃子」他
代表作(映画):「冬の華」/「駅」他
著作:「さらば、テレビジョン」/「新テレビ事情」/「北の人名録」/「いつも音楽があった」/「ニングル」/「冬眠の森」/「谷は眠っていた」/「左岸より」/「ゴールの情景」/「愚者の旅」/「富良野風話」/全集「倉本聰コレクション」全30巻他

主な受賞歴:第17回毎日芸術賞/昭和51年度芸芸術選奨文部大臣賞
第14回ゴールデンアロー賞放送賞(1976年、『前略おふくろ様』)
毎日芸術賞(1976年、『前略おふくろ様』)
昭和52年度(第27回)芸術選奨文部大臣賞(1977年、『前略おふくろ様』)
第36回毎日映画コンクール脚本賞(1982年、『駅 STATION』)
山本有三記念路傍の石文学賞(1982年、『北の国から』小説版)
第5回日本アカデミー賞最優秀脚本賞(1982年)
山路ふみ子文化財団特別賞(1986年)
第36回小学館文学賞(1987年、『北の国から '87初恋』小説版)
紫綬褒章(2000年)
第21回向田邦子賞(2002年、『北の国から 2002遺言』)
第56回北海道新聞文化賞特別賞(2002年)[62]
東京ドラマアウォード2009 脚本賞(2009年、『風のガーデン』)[63]
旭日小綬章(2010年)[64]
東京ドラマアウォード2017 脚本賞(2017年、『やすらぎの郷』)[65]
第55回ギャラクシー賞 放送批評懇談会55周年紀念賞(2018年)[66]
第48回日本アカデミー賞 会長功労賞(2025年)[67]

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