バリ島の水源保全と植林協力―アジア民族造形学会誌掲載論文(2025/9/1)

8月23日発行された、アジア民族造形学会誌という学術誌に掲載された以下の論文を紹介いただきました。

バリ島の水源保全と植林協力~ヒンドゥー教「水源の神々の森」復興に関する考察~
Water Source Conservation and Reforestation Cooperation in
Bali: A Study on the Restoration of the Hindu Water Source
Forest of the Gods
日本林政ジャーナリストの会会長、毎日新聞終身名誉職員、博士(政治学) 滑志田 隆

「アジアの人々の暮らしに関わる“こころ”と“かたち”の本質を究め、アジアの国内外会員相互の交流を図る」ことを目的とした学術団体の学会誌の最新号に掲載された論文。

東南アジアの森林のガバナンスをつかさどる、地元住民の文化、社会システムに目をむけた、ジャーナリストの鋭い論考です。

森林関係の学術誌以外なので、目に触れる機会が少ないかもしれない、というので、紹介します

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(要旨と論文の構成)

<要旨>
世界8位の森林大国インドネシアは長年にわたる無秩序な開発、違法な伐採、農地への転用、山火事の頻発等により森林環境資源が危機的な様相を深めており、持続可能な森林経営・管理への道筋の確立が急務である。本稿は視察対象としてバリ島山間部のプダワ村を選び、住民の自治組織が森林管理への潜在的意欲を活性化していることに注目した。そのうえで、伐採地での再植林、ヒンドゥーの神々が棲む水源林の保護、山火事防止などを推進する実践活動の模様を報告し、それがインドネシアの森林行政に新たな展望を開く可能性があることを指摘する。また、大学教育における社会教育プログラムとの結合が、山岳少数民族Aga の地域伝統文化を再興し、地域森林生態系の破壊進行を防止する効果をもたらす過程を考察する。
キーワード 森林保全・回復、水源の神々、緑の募金、山岳少数民族Aga、社会林業 

はじめに
1. 問題の背景
2. インドネシアの森林の現状
3. バリ島視察の概要
4. 植林運動の担い手たち
5. プダワ村の土地利用の変遷・聞取調査
6.水源の神々と森林保全の意義
7.森林行政の方向性との関連を考える
おわりに

ネット上で、掲載される予定のようですが、9月1日現在まだのようですね

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(論考のきっかけとなった、バリ島視察)

2025 年3月、約1週間かけてバリ島北部ブレレン県( Kabupatan )の山岳地帯を視察されたのが、論考のきっかけ。

「此の地では県都シンガラジャ市(海岸部)にある国立ガネーシャ教育大学( Universitas Pendidikan Ganesha )と日本側・岩手大学(盛岡市)の学生達の共同プロジェクトによる「プダワ( Pedawa )村・水源地植林事業」が2022年から継続されている」(KAYOMAN(地元語で「水源」)という地元の青年組織が実施している事業をサポート)ので、その植林現場見学。関係者への聞き取りと議論をされました。

標高650m 付近にある湧水地の周辺が今回の植林地。。ここには石造で塔状の小祠(高さ約1.2m、縦・横約45cm、奥行約1m )が建ち、水神が祀られていますた。20度近い傾斜地に小雨が降る中、学生らと住民の若者ら約50 人による苗木(現地栽培2年生)の運搬リレーが行われた・・・。

「水源地保全のためのプダワ村民の自主組織が、日本の若い力の協力を得て急速に活性化しており、実生、挿し木の両育成方式を混在させた苗木生産の体制も村内で整いつつある」のだそうです

KAYOMAN と両大学生らによる共同植林プロジェクトは2025 年以降、古式ヒンドゥー寺院( 10世紀建造)がある淡水のタンブリンガン湖( DanauTamblingan )畔の標高450m地点へと実施対象を移動し、新ステージに入る予定で、「同湖の水位低下と水質の悪化を湖畔植林によって防ぎたい」という地元の要望を取り入れた形で計画が進んでいくのだそうです

注目すべき点は、水源に棲む神が 多くの神々の融合神” として認識されていおり、KAYOMAN の活動は、代表的な水の神であるサラスヴァティ以外にも“ 伝承が失われつつある神々” の存在確認と性格の復興を行動目標の一つに掲げていそうです。

このように水源地の森林保全・復旧の活動が神々の復権と結びついていることがKAYOMAN の活動の大きな特徴です。

(森林政策全体の中での位置づけ)

バリ島の森林は現在、12 万7000 ha、森林率は30%未満で、インドネシアの島々の中で最も森林開発、土地利用の転換が進んだ状態となっています。このため、バリ州政府は「2010 年緑のバリ」プロジェクトを実施するなど、森林面積の拡大に努めています。

そのなかで、このプロジェクトは大きはないけれど、「山岳地の少数民族の住民祖域の自発的運動の例として、インドネシア政府の林業政策の方向性にインパクトを与える」可能性があるだろうと、筆者は指摘しています。

「インドネシアではスハルト政権崩壊後、森林政策の地方分権化が急速に進められ、1999 年に制定された新森林法において「地域住民による森林・林産物利用の拡大」「地域住民の権利」「地方への権限委譲」が明文化され、・・・これにより、「社会林業( Social forestry )」推進の方向性が強力に打ち出されたました。

「ヒンドゥー教と土着信仰の融合が生み出した水源の神々を復興させる運動は、住民自治の森林管理を確立させる過程と言ってもいいだろう。」・・・「インドネシア政府主唱の「社会林業」の理想を実践・拡大する際の「山岳地域版」あるいは「少数民族版」として、プダワ村のKAYOMAN の活動は可能性に富み、多くの検討すべき素材を内在させている」というのが、この論考の結論です。

(森林ガバナンス論の広さと深さ)

地球環境の気候変動、生物多様性といった観点から重要な、次世代にむけた森林の管理は重要となっています。

が、衣食住など消費者に密着した事象の管理と違って、森林はガバナンスをすべき地点が無限に広い、難しさを抱えています。また、その最前線は熱帯雨林など途上国。

そういう中で、「アジアの人々の暮らしに関わる“こころ”と“かたち”の本質を究め、アジアの国内外会員相互の交流を図る」ことを目的とした学術団体のなどの、力もかりていかなければならない可能性がありますね。

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以上です。関心のあるかたは、アジア民族造形学会誌No21が公開されている予定だそうです。9月1日時点ではまだ、公開されていませんが公開されたら掲載しますね。。

また、この論文にも引用されていますが、「インドネシアの森林政策ー最新動向と日本の貢献」(2023)「海外の森林と林業誌」No177掲載。インドネシアの森林政策の最前線の情報です。是非一読を

chikyu5-13<Baliplant>

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