環太平洋パートナーシップ協定TPPとつきあう場合の留意点
生産物流通のグローバル化に対応する森林管理のグローバル化
藤原敬

(はじめに)
2011年11月にハワイで開催されたAPEC(アジア太平洋経済協力会議)首脳会議で日本政府は、懸案となっていた環太平洋パートナーシップ協定TPPについて「交渉参加に向けて関係国との協議」をすることとしたが、この方向には賛否両論が分かれており、交渉の本格参加までハードルは高い。一般的には、TPP参加をきっかけとしたグローバル化の一層の拡大により、閉塞した我が国の経済に活路を求めるグローバル派と、急激なグローバル化による経済社会的な影響が、雇用や安定的な社会制度を不安定にすることを危惧する国内派の対立という構図である。
省庁別にいうと、経済産業省・内閣府が前者で農林水産省・厚生労働省などが後者。森林林業関係者は後者という構図だが、本稿では、議論を進化させるため「日本の森林を考える」と同時に「世界の森林の明日を考える」というグローバル化の視点に立って、前者の「グローバル派」のいう「グローバル化」の抜け落ちている点について、話題提供したい。

(貿易の自由化がもたらすものは何か)
個人的な経験で恐縮だが、1980年代の中頃に西アフリカのセネガルを訪問する機会があった。フランスのアフリカにおける植民地経営の拠点となった国である。日本政府が倍増するODAを森林分野でどう使うかといことが課題となり、ほぼ空白であったアフリカへのプロジェクト調査が目的だったが、首都は別にして地方に行くと日本人に会うことはない。地元の人も日本人にあうことは一生のうちであるかどうか、といことだと思うが、一方で道行く自動車の3台に1台は日本車である。旧フランス領の拠点で公用語はフランス語、通貨もフランスフラン(当時)と連動したCFAフランというアフリカの仏語圏優等生の国で、自動車だけ仏車でないという理由は、第二次大戦中に米国が犠牲をはらって(戦争への支援と引き替えに)、英、仏が先行して支配していた経済圏を第二次大戦後に解体するため、WTOの前身となるGATTを作り上げた結果によるものである。貿易自由化が戦後日本の経済発展に間違えなく貢献しているし、グローバルな経済の発展にポジティブな役割を果たしてきたことは間違えない。世界の貿易機関であるWTOから、TPPも含めた地域間協定に交渉の場が移っていることは、この経緯からすると一つの大きな問題点をはらんでいるといえるが、本稿ではそれは置くとして、経済的な連携がこのように進んだことにより、他の分野の国際連携が進んでいないことの矛盾が現れているという側面をみておきたい。

renkei(進む経済連携と進まない社会連携)
経済のグローバル化が引き起こすネガティブな側面としては、食料安全保障という社会的役割を果たしている農業の破壊や、医療分野における国民皆保険の崩壊、中小企業の存立の危機、生産過程における環境破壊の拡大といったことが指摘されている。これらの事項は市場だけに任せると不適正なこと起こる「市場の失敗」という概念でくくられる問題である。一国の国内政策の段階では、法令にもとづく規制や、課税と補助制度という所得の再配分制度によって解決がはかられる分野である。ところがグローバルな仕組みとしての規制と再配分の仕組みがほとんど構築されていないために、市場のグローバル化の悪しき側面がクローズアップされることとなる。
森林や林産物の貿易と関係のあるグローバルな環境規制の側面でいうと、世界中の多様な色合いと香り品質性能をもった木材を世界中の消費者が自由に選んで使えるようになる、というのが市場のグローバル化のポジティブな側面であるが、違法伐採問題を典型例として再生産のコストを度外視した木材が市場に投入されると他の国の木材の再生産過程にネガティブな影響を与えることとなる。つまり、各国が自国の森林の持続可能な管理をしっかり確保することが林産物の貿易が拡大するメリットを生かす条件だといえる。どの産業にも同様な問題が起こりうることであるが、林産物の原料となる森林は世界各国に幅広く存在しており、その管理を適切に広範囲にわたって実施するには、国を挙げた組織的なとり組みが必要であり、特に熱帯林を抱える途上国には重い課題となる。森林分野の管理水準の確保と困難な国に対する支援といった国際的な体系的なとり組みが不可欠である。林産物流通のグローバル化の進展と符合した、国際森林条約などをベースとした森林管理のグローバル化が必要となっている。

(TPPの環境協定)
環境分野のとり組みについてはTPP側も意識していて、その現れが現行4カ国TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)の環境協定である。TPP参加国における環境協力協定(ENVIRONMENT COOPERATION AGREEMENT AMONG THE PARTIES TO THE TRANS-PACIFIC STRATEGIC ECONOMIC PARTNERSHIP AGREEMENT)の実質的な内容の部分は以下の通り

第二条 主要な項目、約束
1. 各国は高いレベルで環境を保全し、国際的な環境についての約束、持続可能な発展を実現するための国際使命を達成することの意図を再確認すること
2.各国は国際的な約束と調和のとれた環境法、政策、慣行を保持するようつとめるべきである
3. 各国は各国の優先順位に従って独自の環境法令政策を実施するための主権を尊重する
4. 保護貿易の目的で環境法・政策・慣行を定めることは不適切であることを認める
5. 貿易と投資の奨励のために、環境規制を緩和しあるいは規制を施行しないことは不適切であることに同意する
6. 各国は各国内で、環境法令、政策、慣行の重要性を普及する

経済のグローバル化側の「関税自主権の放棄」という具体的内容に比べて、環境管理の側がきわめて抽象的な取り決めになっているのが問題である。
TPPが本当のグローバル化の旗手になるには、難しい課題であってもこの条約agreementの下に森林についての取り決めが必要である。
この場合、少なくとも、
@ 違法伐採問題に関する共通認識と、途上国への支援を前提とした、共同した違法伐採材を排除する国境措置の制度化(将来に向けては、取引される木材の持続可能性を担保する仕組みの構築)
A 林産物の原材料の輸出を禁止するマレーシア半島部、インドネシア、カナダBC州の措置の改善の明確化(環境問題ではない)
B カナダから米国に輸出される針葉樹製材の課税(米加針葉樹製材協定2006年)の根拠となっていた、立木価格の適正化、製材ダンピング問題の国際化・制度化
など、木材の貿易に関しても、最低3つの事案は関税問題と同時に解決しておかなければならない課題である。

owari(終わりに)
経済のグローバル化と社会制度のグローバル化の進捗状況の違いによる矛盾の拡大という点を指摘してきた。経済のグローバル化は、それ自身から生じるビジネス機会を追求する人たちの、各国政府に対する強力な政治的な動きに支えられている。ただし、グローバル派を名乗るそれらの人たちにとっては、社会制度がグローバル化していないところにメリットが生じている可能性がある、というところに、この問題の深刻さがある。つまり、規制や再配分の仕組みの前提としての炭素税や法人課税の議論を各国が個別に行う場合に必ず生じる、高課税国から低課税税国への産業流出という問題である。この種の課税制度などのグローバルな制度化は、経済連携とは別の角度の、各国の連携なくしては成立し得ない。
地球市民にとって好ましいグローバルな循環型の体炭素社会を形成するには、気候変動枠組み条約の議論などで形成されてきた、社会制度のグローバル化の初歩的は一歩を、二歩も三歩も加速させていくことが必要であり、それなくしては経済のグローバル化自体が本来の果実を実らせることができない。
この点からいうと、森林管理の分野でのその管理方法の国際化という課題は社会制度の共有化の大変わかりやすい事例であり、また、TPPの参加国程度の林産物の輸出入国の集まりは森林管理連携の一つのモデルとなる可能性がある。この点で、ウッドマイルズ研究会やカーボンフットプリントが取り組んできた「環境負荷の見える化」、森林認証制度や合法性の証明などのツールをよく整理し、再評価をしておく必要がある。ただし、TPPが環太平洋戦略的経済パートナーシップ協定という「経済連携協定」のままでは、経済社会全体にわたる重層的なグローバル化の使命を果たすのは難しいだろ。