県産材認証とFSC認証の間

地域材認証にグローバルスタンダードの視点を

 

森林総合研究所 藤原敬

 

1 はじめに

 

一年前の本誌20017月号で筆者は「地域材認証ラベリング制度」を提案した[1]。木材利用拡大運動のキャッチフレーズとなっている「環境に優しい」に明快な内容を与えるものとして、理念の高いかつ効率的な独自の認証制度を作ることにより、木材利用拡大を図る道を明らかにしようとしたものである。その後、ある地域で具体的な制度実現の作業が始まりつつあるが、昨今の、日本独自の森林認証制度化の動き、県産材の認証ラベリングの動きなど、関連の動きをふまえつつ、さらに地域材認証ラベリング制度について敷衍することとしたい。

 

2 日本型の森林認証制度とグローバルスタンダード

 

筆者による地域材認証の提案のポイントは、第一に、我が国で森林認証制度を導入する目的は、化石燃料に由来する製品や、違法伐採などの可能性のある輸入材に比して、顔の見える環境に優しい地域材を消費者に訴えることであり、第二に、そのために我が国の森林施業計画認定制度を利用して効率的で安上がりな制度を作ることが可能である、の二点である。整備された森林計画制度を持つ我が国で、独自の認証制度を作る際の重要な点を指摘したつもりだが、どんな理念で規準作りをすべきか、という点で不十分な点があった。

我が国で作られる森林認証制度の目的が、再生可能な資源であることを最終消費者に対し訴えていくことだとするならば、その規準は、@地球サミット以来の「持続可能な森林経営」の国際的議論をふまえたものとすること、A輸出国側が売り物にしてくる可能性のある規準を最低限クリアしていること、が必要だろう。いわばグローバルスタンダードの森林認証とうことだが、我が国の森林施業計画に基づいたグローバルスタンダードの制度が可能だろうか。

 

(1)FSC認証と森林計画制度

 

国際的に展開している森林認証制度はいくつかあるが、環境NGOが主導して現在のところ一応もっとも厳しい規準とされているFSCの規準を例に取り我が国の森林施業計画制度との関係を検討してみる。FSCの認証過程の透明性はその特色をなしており、最近FSCの認証事例が国内でも数例蓄積され概要が公表されていること、また、認定されたコンサルタントの社内規準が和訳され公表されていること[2]など、認証のハードルの水準を日本の関係者が具体的に分析することが可能になってきている。

FSCの認証はFSCの10の規準と原則に基づいて実施されている。これらの規準は図1の通り「経営の社会責務」「森林の多面的機能」「マネジメントシステム」の三つのカテゴリーに分けることが可能である。このうち「経営の社会的責務」は法令の遵守、所有権の確定など途上国にある熱帯林管理の重要なチェックポイントであるが、我が国の経営にとっては大きな障害ではない。第二の「森林の多面的機能」については、生物多様性の保全など一部の機能をのぞき、森林計画制度とそれに基づく森林施業計画の認定手続きがカバーしていると考えている。各地で森林施業計画認定手続きを点検し、必要に応じて地域ごとの生物多様性に関する規準化、新たなガイドラインの設置などの必要があるだろう。ただし現時点で小規模な経営者の施業を大きく規制するようなガイドラインになるとは考えられない。第三のマネジメントシステムのところが日本の森林経営者にとってもっとも高いハードルとなる可能性がある。文書による経営方針の明確な規定とその根拠、実質的な責任者の配置、その責任者と個々の所有者の権利と義務の関係の明確化、がマネジメント規準の内容である。今までの団地森林施業計画の運用実態では、森林経営管理の方針は市町村に認定された計画書で明示されているが、多くの場合、作成過程はすべて森林組合に任せてあり、代表者として記載されている人は、計画の内容とその根拠などにつき十分な理解をしていないというのが普通だろう。また、代表者と個々の所有者の関係も不明な点がある。このへんがグローバルスタンダードを持ち込む場合の一番大きなハードルとなるだろう。ただ、今回の森林法改正により団地共同森林施業計画の作成主体を森林組合や認証事業体に委任することも可能になり、権利義務の関係を明確にした制度化への道が開かれたことは、マネジメントシステムの明確化にとって重要な事項である。

以上をまとめたものが図1である。我が国の認定森林施業計画による森林管理の実態がFSCのハードルを越えるにはいくつかの障害があるが、個々の所有者の理解を高め、流域ごとに管理する県や市町村の行政主体のサポートがあれば、無理なくクリアできる範囲のものである[3]。もともと途上国の熱帯林の適切な管理を念頭に創設されたFSCのハードルが日本の一般的な経営にとってそう高いハードルでないとしても不思議なことではない。

 

(2)FSCの抱えている荷物

 

FSCのハードルは森林の管理に関する規準よりも、その手続きにあるといえる。

我が国でFSC認証の第一例目となった三重県の速水林業の認証プロセスを受検者である速水林業を甲、認証機関のSCSを乙として概略を記述すると次の通りとなる。

@甲は、FSCが認定した認証機関(現在では欧米に11社)の中から乙を選定、A乙は専門家チームを編成(乙から外国人の専門家一人、日本人専門家3人)、B準備作業として甲は英文による文書の作成(認定施業計画の翻訳など)、C乙による暫定規準の作成(公聴会などが行われる)、D乙の専門家チームによる現地調査、E乙による評価書概要の甲への提示、F乙による甲からの意見聴取、G乙による評価書の策定、H乙による外部評価者(二名の日本人研究者)からのコメント聴取、I乙による認証機関評価書の確定、JFSC本部による同意、K乙による正式認証、というのが認証の手順だった。これらの過程は、我が国で初めての認証であったということ、また、将来日本を本拠とする認定認証機関ができて日本語による認証が可能になれば大幅に簡素化される可能性はもっている[4]が、基本的には世界中の消費者を納得させるため、「公開された透明な手順」[5]が組み込まれなければならないというのがFSCの立場である。そしてその費用は甲が負担することとなる。仮に、狭い範囲の日本の消費者のみを訴求の対象とした国産材や地域材の認証ラベリングシステムを考えた場合、高い森林管理の水準を保ちながら、より効率的なシステムを作り出せる余地は十分にあると考えている。

 

3 県産材認証の理念と課題

 

(1)川上と川下をつなぐ行政の新展開―県産材認証制度

 

「狭い範囲の日本の消費者を対象とした制度」を考える場合、最近「県産材の認証」など県内で生産された素材を使って県内の工場で製材された製材品に認証していこうという動きが各地で広まりつつあることが注目される[6]。昨年秋からスタートした神奈川産木材産地認証制度を例にとって、概略を見てみると、「神奈川県産材」は「神奈川県内等(県外の隣接地域で類似した樹木生育環境の地域を含む)で生産された素材および神奈川県内等で生産された素材を神奈川県内の製材所で生産した製材品とする。」と定義され[7]、この材を、「かながわ森林・林材業活性化協議会」と、協議会により認証された素材生産業者・製材工場が認証手続きに従って、川下に流通させてゆくこととしている。

山づくりの段階から川下へ展開してきた各県の林業関係部局の政策が最終消費へアプローチする段階に達してきたと評価することができる。群馬県のように県産材認証制度を使い、木材業界・建築業界・建設業界・一般市民が連携し、県庁の行政組織が建築行政部門、経理調達部門などが一体となって、そのブランドを使用した住宅建築を支援し、疲弊した県内林業の活性化を図ろうという展開となっている例もある[8]

 

(2)県産材認証とFSC認証の相同性と距離

 

これらの取り組みは、製品の認証という手段を使って最終需要者に川上の情報を提供し需要拡大を図るという限りでは、FSCの森林認証と同じカテゴリーの取り組みである。両者を比較すると、訴求対象と訴求内容という点で大きな違いがある。第1の訴求対象については、FSC認証が世界中の消費者を対象としているのに比べ、県産材認証は県という小さな単位の地域における消費者を対象としている。このため、後者は、地域で活動している業界団体の信用を活用してきわめて効率的な運用が図られている。第2の訴求内容については、FSCが森林の持続可能な森林経営という視点に立った社会的・環境的・経済的な信頼ある経営から生産された材という理念に立っているのに対し、県産材認証はある地域に生育した樹木からの生産物であるということがコンセプトの中心をなしている(その他に品質確保法を念頭に置いた木材の品質についての一定の水準を保証するという部分が付け加わっているケースが多い)。県内の生産物を県内で消費するというキャンペーンは、県内の山村部の活性化という県民にとって分かりやすいメッセージではあるが、いったん県境を越えると訴求を全く失うものである。また、各県が同様な運動を繰り広げた場合を考えると、その運動の将来の広がりには疑問が残る。せっかくの効率的なメッセージ発信機構にさらに魅的な情報を載せて最終需要者に訴えてゆく仕組みが必要なのではないだろうか。

 

4 グローバルスタンダードの地域材認証の創設

 

県産材認証が取り組んでいる簡易な認証手続きと森林施業計画の認定手続きを利用し、できるだけ簡易な手続きを作りながら、FSCのもっているグローバルな水準の認証制度を作り、消費者に、「地球温暖化対策への参画」あるいは「循環社会への共同作業」といった次元の高いメッセージを送ろうというのが、「環境に優しい生産者の顔の見える地域材認証制度」の提案である。

概略次のような仕組みが考えられる。

(実施主体)

あるまとまりのある地域(県でも流域でもよい)の関係者が集まって実施機関を作る。

関係者には市町村、木材団体、森林組合、市民団体、工務店、設計者などが考えられる。

(認定基準)

基本的にはFSCの規準を満たすことを基本に、現行の森林施業計画の認定手続きをベースとしたチェックリストを作成し、認証基準とする。森林施業計画通りの伐採と跡地管理の木材をラベリングする。

(認証実務)

実施主体が、県産材認証などの実績を踏まえ地域の実態に応じた組織に委託する。

(地方自治体の支援)

初期の認証実務への支援、普及のほか、各自治体が作るグリーン購入計画や住宅政策の中に、「認証された地域材」を位置づける。

以上のことを図示したのが図2であり、これが地域材認証ラベリング制度の概要である。

 

「自然の叡智」をメインテーマに掲げる愛知万博を2005年に控える愛知県豊橋市で4月中旬に地域材認証のための研修会が100名を超える関係者を集めて開催された。県産材の認証を計画する愛知県、認証された地域材を住宅マスタープランの中に位置づける計画の豊橋市、森林づくりのNPO活動を長年行ってきた「穂の国森づくりの会」、三河材のブランド化に取り組んできた三河材流通加工センターなどが一堂に会し、グローバルスタンダードの地域材認証制度への検討が始まっている。

各地に県産材認証制度などをベースにした独自の認証制度が生まれ、それぞれがグローバルな水準を意識して運営されるならば、相互にネットワーク化することが可能であり、FSCなどの国際的な認証制度との相互認証も視野に入れることができる。そうなった時、世界中の木材を輸入している輸入大国日本から世界に対して、地球の温暖化対策の柱として、違法伐採された木材等を拒否し持続可能な森林経営を呼びかける、強なメッセージが発信されることになるだろう。

 

(本稿作成に当たり三重県速水林業速水亨氏、愛知県「穂の国の森づくりの会」穂積亮次氏よりコメントを頂いたことを、記して謝意を表したい。)


図2



[1] 2001年7月「日本の森林を考える」通巻9号 p29- http://homepage2.nifty.com/fujiwara_studyroom/kadai2-2/certification/tiikizai.PDF

[2] ソイルアソシエーション、「ウッドマーク一般規準書およびチェックリスト」アミタ株式会社

[3] この部分の記述は、FSCの認証の当事者との議論した上での筆者の感触であり、今後具体的な検証が必要である。

[4] この点において速水林業速水亨氏から「現在Bは必要ない、Cの負荷も殆どなくなっている」との指摘を受けている。

[5] FSC,”FSC A.C.” By-lawsFSC定款)”71.b,

[6] 県産材認証に取り組んでいる道県は全国で十数県わたるが、県内の製材工場で生産された製品で一定の品質をクリアしたものを認証材とするというものが標準型で、その上で「県内で生産された素材を原料とするもの」との条件を付したものが群馬県・神奈川県・岐阜県など数県で見られるようになってきている。小論では後者に焦点を当てている。

[7] かながわ森林・林材業活性化協議会、「かながわ県産木材認証制度実施要領」第2条

[8] ぐんま優良木材品質認証センター「群馬県マイホーム資金利子補給制度」http://www2.wind.ne.jp/wood/risi/