イツバル国政府首相顧問イアンフライ氏へのインタービュー 気候変動枠組み条約と吸収源として森林・木材製品の課題 2006年7月16日 シドニー市ニューサウスウェールズ大学にて |
藤原:あなたは、気候変動枠組み条約の中で重要な役割を果たしている島嶼国連合のスポークスパースンとし活躍している。私の理解するところでは、あなたの基本立場は、同条約の枠組みの中に、吸収源としての森林や伐採後の木材など、排出削減以外の問題を持ち込むのに反対だというものだが、森林や木材の吸収源としての役割についてどう考えているか伺いたい。
フライ:成長する樹木は大気中の二酸化炭素を吸収するので二酸化炭素のバランス上重要な位置を占めている。そこで、京都議定書では明確に土地の利用の変化という文脈の中で森林は吸収源として正当な評価が与えられている。だが同時に、個人的にはこの問題にはいくつかの複雑な問題があると考えている。森林はどの程度の二酸化炭素の排出をするのか、木材がどこで生産されたのか、木材を生産する過程でどの程度の排出がなされるのか?などの問題である。CDMを議論する過程でもその種の議論をしたが、最終的にはG77+中国が議論をブロックした。そのグループのスポークスパースンはサウジアラビアだったからである。現在は、議定書はIPCCの意見に従い、一度森林から伐採されたら伐採された木材に固定されていた二酸化炭素は排出となるという「IPCCデフォルト」という報告方法(アカウント)を採用している。この考え方は、実際は木材は伐採された後も二酸化炭素を固定しているので、実態を反映しているとはいえない。
伐採後の木材の吸収源を評価する議論をしていると、木材の輸入国か輸出国かで国によって立場がまったく違ってくる。例えばオランダはネットの木材輸入国なので輸入された木材に固定している二酸化炭素も評価(クレジット)され、輸入国にとって有利な評価(クレジット)が発生するアカウントを推奨している。逆にニュージーランドのような木材輸出国は、自国の森林で生産した木材は世界中どこにいってもニュージーランドの評価になるというアカウントを提唱している。おもしろいことに、フィンランドやスウェーデンは輸出国ではあるが、輸入国に二酸化炭素の貯蔵の所有権は譲るといっている。かれらはオランダの提案を支持して、そのことにより、木材には新しい価値が発生すると考えている。これは正しいことと思うか?
藤原:現在伐採後の木材のアカウントとして検討している4つのアプローチ[1]のうちの自国内の木材の蓄積を計測する蓄積変化法が輸入国にとって有利だということに関連した議論か?
イアン:その通り。輸入国のオランダは蓄積変化法を採用すべきだといっている。ただ輸出国であるスウェーデンは蓄積変化法でよいといっている。蓄積変化法により、新しい価値が、すなわち木材には炭素の貯蔵という価値が認識されることになるだろうという考え。そのような価値がひいては木材の市場価値も高めるだろう、という、考えにたっている。
藤原:輸出国である北欧のその考え方は、個人的には、各国の短期的な利害対立をこえる、重要な視点を含んでいるものと思う。さて、吸収源についてあなたは、いろいろ複雑な問題がある上、国々の立場が違うという面があるという指摘をされており、その指摘はその通りかもしれない。ただ、木材は再生可能であり、二酸化炭素を固定し、製造過程で省エネルギーであるので、気候変動の枠組みの中でもきわめて重要な資材でということは理解してほしい。今後できるアカウント方法がどんな仕組みになろうとも、その仕組みが、森林の管理水準を高め、木材をたくさんそして長く使い続ける、ということを推奨するようなスキームにしてほしい。そのためには、気候変動の交渉に当たる人は、気候変動の枠組みに木材を加えるように努力すべきではないか?
イアン:その通りである。そして、あらゆる事象をカウントする必要があるということである。ただし、たとえば、どんな木材でもよいというものでもないのでないか。ウッドマイルズで近くの木材にプライオリティを与えるという考え方が示されているが、日本から、東南アジアからの木材と、ニュージーランドの木材を比べた場合、東南アジアの方が近いからよいとも限らない。森林の管理の仕方が大いに違う。東南アジアでは多くの森林がオイルパームに変わっていて二酸化炭素の排出に貢献している。だが、これは入り口であり、我々は木材のライフサイクル全体を検討しなければならない。
藤原:東南アジアとニュージーランドの木材の比較は、吸収源として伐採後の木材を考えるとき、木材の由来する森林の管理の問題が重要だという指摘だと思うが、個人的には、それはその通りだと思う。
イアン:アカウントの仕組みの中に森林の管理をチェックする仕組みを作る必要があるが、これが難しい課題であり、新たな困難を生じさせるものである。
藤原:熱帯林の管理はフォレスターにとってきわめて難しい問題で、80年代以降、森林の関係者はいろいろと努力をしてきたが、持続可能な森林管理は現在でも達成していると胸を張っていえる状況にはない。個人的には、近い将来是非達成しなければならない課題であると考えている。特に、気候変動の中で伐採後の木材製品を取り扱うということが日程にあがっている現状では、持続可能な森林管理を国際的に達成することの緊急性が高まってきているといえる。持続可能な森林管理の達成が森林の関係者や専門家だけでなく幅広い人たちの関心事になってきていることを示している。個人的には、気候変動の交渉にたずさわる人も一緒に森林の管理に関心を持ってほしいし、難しい課題だが、前向きに議論をしてほしい、と思っている。
イアン:同意する。確かに木材は他の資源に比べて環境によりよいのだから木材のアカウントは重要な課題である。一般論ではあるが、私としてはアカウントの方法をゆがめようとされることに警戒感がある。たとえば97年の京都議定書が作成された京都で行われたCOP3に出席していたが、最終日の朝二時の段階でオーストラリアの主張で3条7項の二行目に文章が追加された。それはそれまでの枠組みをかえるものだったが、1990年時点で森林が減少していたオーストラリアが、そのことを今後の削減約束の出発点にしようと意図したものである。これが気候変動条約の土地利用と林業に関する交渉の現実である。私の役割は虚偽のアカウンティングを阻止することだと思っている
私はCDMの議論をしているときに「追加性」という概念を導入するように主張し、それが認められた。つまり、京都議定書がなかったら達成しなかったことと比較してプロジェクトを評価するという「追加性」という考え方である。いままで実施していた途上国援助のODAをCDMにカウントしようとしていた国があったが、その条項でそれが困難になった。
藤原:話は変わるが、最近気候変動条約の中で、一部の途上国が、森林の減少を食い止める事業にクレジットを与えるようにとの提案を行っていると聞いている。このように、森林の減少についての数値目標を気候変動の事業の枠組みに入れることは、持続可能な森林経営という課題にとって重要な熱帯林の管理を進める上でインパクトがあると同時に,気候変動条約にとって課題となっている途上国を数値目標の枠組みに入れるというという点でも意義があることで、二つの意味で重要だと思うが、どう思うか
イアン:途上国の森林減少を食い止めるのにレジットを与えるというのはいくつかの困難がある。たとえば開発が進んでいるところを、保護区に加えることとして、クレジットを与えたとして、その開発者が別のところで開発をしたらどうかというも問題がある。西アフリカ、PNG、アマゾンを股にかけている企業もあるだろう。別の国に行って開発をすることもあるかもしれない。実際に複雑性がある。
藤原:困難性があるという指摘か。
イアン:もちろん議論には参加している。以前フィジーのワークショップで森林の減少の背景となる原因について議論したことがある。そこでは森林減少を止める道を探し求めていた。カーボンクレジットシステムを導入しようとして議論したが、森林減少の原因には、カーボンクレジットを提供することで解決しないものもある。違法伐採問題などが典型である。政府のハイレベルの汚職といったことも関係している。本年の8月にローマでのその問題をどう扱うかについての初めての会合がある。いろいろあるので今後議論をしていきたい。また、森林を破壊してオイルパームの畑にすることによってクレジットを得るなど既存の京都議定書が森林破壊に寄与している面もある。こんなことも熱帯林問題の複雑さである。
藤原:あなたは、また新たな複雑性を持ち出している(笑い)。複雑性にかかわらず、森林の問題に取り組むべきと考える。
イアン:わかった。
藤原:木材の輸送距離を環境負荷の点から考えようという趣旨で「ウッドマイルズ研究会」を作っている。どう思うか。
イアン:おもしろい考えで、私も昨年12月にモントリオールで行われたCOP11の非公式会合でウッドマイルズに言及した。ただし、この問題を京都議定書のような法的な枠組み自体に巻き込むことには、その前に議論しておかなければならない多くの問題点がある。例えば、なぜ、木材だけの輸送距離を問題にするのか、同じ森林から生産される紙製品の輸送距離はどうなのか、近い森林と遠い森林の森林管理の質も問題もあり近ければよいという問題でもない、など議論しなければならない問題がたくさんある。
藤原:京都議定書の法的な枠組みの中に直接ウッドマイルズを導入すべきだと研究会が提唱しているわけではない。ただ、ウッドマイルズは、気候変動の条約交渉という点からしても、重要な問題提起を含んでいる。たとえば、現在議定書で今後の議論に任されている、国にまたがる貿易にかかる公海上の輸送から排出される二酸化炭素がどこの国に帰属するかなどにかかわる重要な問題提起をウッドマイルズがしていると思う。
イアン:ウッドマイルズに関しては二つのアプローチがあると思う。第一は、現在研究会が取り組んでいるように、マーケットの中で、消費者に商品の優位性を示す道具として、森林認証材と同じように、ウッドマイルズを使うという方法である。これは有効だと思う。第二に、京都議定書のような法的な枠組みの中でも、ご指摘のように今後条約では輸送過程の排出問題を議論してゆく必要性に迫られている。バンカー燃料問題(bunker fuel issue)と呼んでいる。もちろん木材だけでなくあらゆる品目の輸送過程についてだが。その中でウッドマイルズ研究会の蓄積は大いに頼りになるだろう。また、ウッドマイルズの概念を進めていくことに期待している。
藤原:最後に何かいうことはないか?
イアン:自分は与するものではないが、ウッドマイルズは日本の国内木材産業を守る保護主義のため、貿易障壁として言い始めているという国がある。
藤原:誰がそういうことをいっているのか。
イアン:ニュージーランドもそうだが、日本に輸出しようとしている途上国も潜在的にはそうだろう。
藤原:ウッドマイルズは、純粋に環境問題である。ウッドマイルズを応援してくれる人に、国産材を振興させるため、という人がいることは確かである。ウッドマイルズ研究会の設立趣旨からは国産材の振興という言葉はのぞいている。建築物を環境の視点から等級付けをする「緑の建築基準」というものが、現在各国で作成されているが、その中で、「地域資源の利用」に得点を与えることは一つの方向になっている。ウッドマイルズはグローバルな視点なのだということを理解してほしい。
イアン:もっと分かりやすいのは、ウッドマイルズは民間の運動で、政府ベースものものではないという主張だろう。
藤原:政府の貿易規制については、ウッドマイルズとは離れるが、環境に害悪のあるものは貿易させないフレームはWTOの現体制の中にもいろいろある。絶滅危惧種の貿易を禁止しているワシントン条約もそうだし、オゾン層の保存のためにモントリオール議定書ではフロンガスをつかって製造されたある種の貿易を禁止している。WTOは、環境条約が貿易規制の手段を条約の実効性を確保する手段にすることについて、それを問題だとして妨害してくることはないのではないか。あまり気にしなくてよいのではないかと個人的には思っている。
イアン:それはそうだが内外無差別に適用されることが前提である。
藤原:もちろんである。さて、時間も来たので、このぐらいにしたい。今日は、気候変動条約交渉の専門家に、森林や木材についての忌憚のない話を伺えて大変有益だった。国と国との交渉という面では立場が違うという点があると思うが、地球環境という点で森林や木材の問題に理解を深めて頂けたのではないかと思う。
イアン:こちらにとっても大変有益なエクササイズだった。木材と森林は、大変複雑な課題であり、それを考えるよい機会だった。
複雑な利害関係が錯綜する気候変動枠組み条約の中の交渉一方の中心人物であるイアンフライ氏と話をする機会を得ることができた。条約交渉はそれぞれが国益を担って対応するのだが、ツバルという、条約の目的に自国の利害がもっとも関係している国の代表を率いる人であり、いろいろ示唆するところがあった。このところの日本の森林政策や木材政策が京都議定書という地球環境条約の一つと密接に関係して組み立てられているが、その展開のすぐ先に、持続可能な森林管理や、生物多様性といった森林政策とより結びつく、地球環境問題が控えているということをあらためて実感させられた。 |
この記事は2006年7月14日シドニー市ニューサウスウェールズ大学で開催されたウッドマイルズ研究会の主催のセミナーに参加したイアンフライ氏に対して同日行われたインタービューの結果の一部をまとめたものです。
[1] 伐採後の木材製品の吸収源として評価する方法として、①生産法(the production approach)、 ②蓄積変化法(the stock change approach)、③大気フロー法( the atmospheric flow approach)、④単純腐朽法( the simple decay approach)が提案されている。前二者が伐採後の木材の所有権を問題にしてクレジットを与えることとしており、前者は木材の生産国もの、後者は実際に木材を所有する国のものとするので、前者は木材輸出国、後者は木材輸入国により多くのクレジットが与えられることになる。また、③は木材が腐朽するなどして二酸化炭素が排出される国を排出量の帰属国とし、④は排出量の帰属を木材の生産国とするもの。藤原敬「気候変動枠組み条約の中の伐採木材の取り扱い」『日本の森林を考える』2005/12を参照されたい。