次期WTOラウンドと日本の林業関係者の立場

二つの国際常識から導かれる「非常識」な結論

 

(会員制寄稿誌「日本の森林を考える」第10号へ 20011019日)

 

はじめに

 

199911月に行われたWTO第三回閣僚会合ではウルグアイラウンドに続く多角的貿易交渉の開始を目指していたが、失敗に終わった。途上国の反対など政府間の合意が得られなかったことに加え、経済のグローバル化が、貧富の差の拡大・地球環境の悪化をもたらすと懸念するNGOの反対運動などに遭遇し、本年(2001年)11月に予定されている第四回閣僚会合に持ち越すこととなったものである。この会合に向けて、林産物貿易問題や「環境と貿易」を巡る報告書が、米国USTRWTO事務局、NGO団体など様々な立場から発表された*。次期ラウンドで環境問題や林産物問題が大きな課題となる可能性を伺わせるものである。ウルグアイラウンド以来の国際的な議論を整理してみると、大きな立場の違った関係者の中で2つのコンセンサスがあることが分かる。このコンセンサスに基づき、日本の林業関係者として国際貢献すべき方策を考察してみた。

 

国際合意の1 貿易と環境の関係

貿易自由化は、環境政策がうまくいっているときは環境のためになるが、だめな環境政策の弊害を拡大する

 

1986年から94年まで8年がかりで合意したガットウルグアイラウンドは、22の個別協定・了解事項と、国際貿易機関の設立に合意した文字通りの包括的貿易交渉だった。この交渉が「議論を先送りした」としてWTOの設立と同時に専門の委員会を設立し検討を開始したのが「環境と貿易」問題だった*。この背景には、「自由貿易推進派は環境や地域社会のツケを無視している」とする環境保護派(主として先進国の消費者団体、環境保護団体。これを国内事情がある超大国米国がバックアップ*)からの異議申し立てがあった。これに対して自由貿易推進派(多国間貿易システムを支えてきたと自負するWTO事務局、開発を優先する途上国政府)は「自由貿易による経済発展が途上国の環境対策にとって不可欠であり、貿易自由化は環境対策と両立する。」との立場であり、WTOOECD、国連などの場で議論が進められてきた。

その全体像の紹介は別稿*に譲り、ここでは、議論に参加した意見の隔たりが大きなグループの間での一致点についてふれておきたい。その一致点とは、「貿易自由化は、環境政策がうまくいっているときは環境のためになるが、だめな環境政策の弊害を拡大する」ということである。1999年秋WTOが次のラウンドを前に、貿易と環境問題について整理した「貿易と環境に関する報告書」*では、「(市場の失敗が是正され、政策の失敗が回避された場合)貿易自由化は明白に便益を向上させる。しかし、貿易の自由化は不適切な環境政策の結果を助長する働きがある。例えば、森林管理が不適切な場合、国際マーケットの需要は持続可能でない木材の伐採を助長する」と指摘している。一方、国際環境NGOで、この議論を引っ張ってきた世界資源研究所(WRI)は、同時期に発表した「樹木の貿易:林産物貿易の光と陰」という報告書*で、この点について次のように述べている。「(貿易そのものは直接森林の脅威にはならないが)森林の管理、環境と社会の安全装置が改善されないまま貿易が増大すると、貿易に関連した森林の減少・荒廃が発生する。」

「異口同音」とはこのことである。これが、貿易と環境の議論にかかわった各参加者の共通認識である。

 

国際合意の2 国際的な森林管理水準

管理水準を引き上げるための政策的な努力はなされているが、国際的な森林経営水準は持続可能な状況に至っていない。違法伐採、森林破壊が続いている。

 

それでは、国際的な森林管理は適切な水準になっているだろうか。1980年代の初めに熱帯林評価報告書が公表され、熱帯林の減少が年間1000ヘクタールを超えるとされてから、熱帯林の管理を適切にしてゆくための努力がなされてきた。各国政府と政府機関は、@FAOが呼びかけ70カ国の熱帯林の計画が策定された「熱帯林行動計画」、A国際熱帯木材機関(ITTO)が提唱した西暦2000年までにすべての貿易される木材を持続可能な森林を起源としたものとするITTO2000年目標、B地球サミットへ向けむけた森林条約を策定する作業と森林原則声明、Cそのフォローアップとして温帯林の持続可能な森林経営を定義する国際的な技術的会合と国連持続可能委員会(CSD)の中での森林分野の取り組み、など枚挙にいとまがない。

これら、森林問題が地球環境問題となった20年間の動きを総括してみると、問題点が熱帯林のみでなく温帯林北方林にも広がっており、その管理水準を「持続可能な森林経営」というキーワードで引き上げることが重要という認識が共有され、政策的な努力はなされているが、以下に示すように、残念ながら森林の管理が改善されるという状況にはなっていない。

本年になってから発表されたFAO2000年世界資源調査報告書*によると、天然林の減少はほぼ今までのレベルで進行しており、熱帯林において、造林地が増加するなどを差し引いたネットの減少面積は1230ha/年である。また、ITTO2000年目標を評価した同機関第28回理事会決議*では、「政策や立法分野での改革はめざましく進んだが、その政策が実地に移されているという明確な証拠はなく、これは訓練された技術者と資金不足によるものである。」としている。さらに、違法伐採問題が国際的な課題として浮上し、違法伐採問題派の対処を含む「森林行動計画」の実施が、1998年のバーミンガム先進国サミット*で合意され実施に移されている。


 

3 結論 

林産物貿易自由化は国際的な森林破壊を助長する。現時点で国際的に協調して議論すべきことは、貿易自由化ではなく、一刻も早く、国際的な森林管理の水準を引き上げるため、法的拘束力のある条約を作るための協議である

 

以上の二つのコンセンサスから容易に導かれる結論は、「現時点で林産物の貿易自由化を進めると、それにインセンティブを受けて不法な伐採や不適切な森林開発が進み、森林の破壊が拡大する」ということである。林産物の輸出国における森林の管理水準が不適切なままでいるということは、第一義的には森林の機能を享受する流域の住民の問題であるが、廉価に生産された木材が世界市場に流通し輸入国の森林管理に悪影響を及ぼすこと、森林のCO2貯蔵庫の役割を通して地球全体に影響を及ぼす問題であるため、国際社会の問題でもある。WTOのラウンドに際し、我が国の林業関係者としては貿易自由化の悪影響の当事者として、「現時点で国際的に協調して議論すべきことは、貿易自由化ではなく、一刻も早く違法伐採問題も含めて国際的な森林管理の水準を引き上げるため、法的拘束力のある条約を作るための協議である」と主張するべきではないだろうか。10年来議論してきた、森林条約は生産国の国内資源の規制を目的としているため、資源を持つ途上国側が抵抗し膠着状態になっている。WTOラウンドのように輸入国側にカードがある貴重な機会を逃すべきではない。

小論の最後に、WTOの報告書の最後の部分を紹介しておこう。「(地球環境問題の基本的解決は)より統合された経済の中で環境政策をどう立案するかという問題である。今後の歩むべき道は国際的な環境協力のメカニズムと制度を強化してゆくかである。ちょうど50年前に貿易に関する協力が利益になると決定したように。」* 戦後の国際経済統合化の牽引力を自負するWTOマフィアからの森林関係者に対するメッセージである。

 

 

注:*を付した引用文献の原資料は以下のアドレスから参照できます。

http://homepage2.nifty.com/fujiwara_studyroom/

「持続可能な森林経営の実現のための政策手段に関する勉強部屋by 藤原敬