日本の新たな森林林業政策と生物多様性の統合

Integration of Biological Diversity into New Policies on Forest and Forestry in Japan

 翻訳原稿

 

1 はじめに

 

日本において森林林業政策の骨子となる法律は、1964年に制定された林業基本法(Forestry Basic Law)と、1897年以来の歴史をもつ、森林法(Forest Law)である。前者は第二次大戦後の旺盛な木材需要と森林所有者の高い林業経営意欲を前提に、林業生産力の強化と林業従事者と地位の向上、他産業と林業との生産性格差の解消などを目指して制定されたもの。後者は、森林の計画制度・保安林制度などを規定し、木材生産や国土保全・水資源といった伝統的な森林に対する機能に着目した森林の保全に関する法律である。

近年の国民の森林に対する期待の変化、国際的な持続可能な森林経営(Sustainable forest management)の流れなどを受け、37年ぶりに昨年6月林業基本法は改定され「森林・林業基本法」(Forest and Forestry Basic Law)となり、また森林法も改正された。このペーパーの目的は、日本における昨年の森林林業関係の基本的な法律制度の大きな改正の中で生物多様性問題がどのように統合されているか明らかにすることである。決してこれが「モデルである」というものではないが、様々な教訓をくみ取ってもらえることを期待する。

 

2 森林・林業基本法の中での生物多様性の位置づけ

(1)   基本法の骨子

基本法は、第一章 総則(第1―10条)、第二章 森林・林業基本計画(第11条)、第三章 森林の有する多面的機能の発揮に関する施策(第12―18条)、第四章 林業の持続的かつ健全な発展に関する施策(第19−23条)、第五章 林産物の供給及び利用の確保に関する施策(第24−26条)、第六章 行政機関および団体(第27・28条)、第七章 林政審議会(代29条―33条)及び付則からなっている。生物多様性に直接関係するのは第一章から第三章までである。

(2)基本理念

旧来の基本法では、林業生産の増大などを政策目標としていたが、新しい基本法では第一章で森林林業政策の基本理念として、「森林の有する多面的機能の発揮」を第一番目に規定し、多面的機能の例示の中に「自然環境の保全」を位置づけた(第2条)。

(2)森林・林業基本計画

第二章「森林・林業基本計画」の中で、政府は森林林業施策の総合的かつ計画的な推進を図るため、基本計画策定を規定。森林の有する多面的機能の発揮に関する目標、政府の施策等を記載事項とすること、環境に関する基本計画と調和すべきこと、と規定。

(3)森林の有する多面的機能の発揮に関する国内施策

第三章の中で、国の施策として、地域の特性に応じた造林の推進(第12条)、森林保全をはかるため森林の保全に支障を及ぼすおそれがある行為の規制(第13条)、関係技術の研究開発普及のための目標の明確化(第14条)、緑化活動森林の保全に関する民間団体の自発的活動の促進(第15条)、を規定。

(4)国際的な協調及び貢献

第三章の最後に、「国は、森林の有する多面的機能の持続的な発揮の国際的協調の下で促進することの重要性にかんがみ、森林の整備及び保全に関する準則(rules)の整備に向けた取り組みのための国際的な連携、開発途上地域に対する技術協力及び資金協力その他の国際協力の推進に努める。」(第18条)と規定。

 

3 森林林業基本計画の中での生物多様性の位置づけ

(1)基本計画の構成

基本計画は、第一、「森林及び林業に関する施策につての基本的な方針」、第二、「森林の有する多面的機能の発揮並びに林産物の供給及び利用に関する目標」 第三、「森林及び林業に関し、政府が総合的かつ計画的に講ずべき施策」、第四、「森林及び林業に関する施策を総合的かつ計画的に推進するために必要な事項」、の4項目で構成。それぞれの章に生物多様性に関連した以下のような記述がある。

(2)基本的な方針

(現状認識)

森林に対して・・・自然環境及び生活環境の保全、保健文化的な役割が重視され、特に近年は地球温暖化問題や自然との共生のあり方への関心の高まりから、二酸化炭素の吸収源・貯蔵庫や生物多様性を保全する場としての森林の役割などを含めた多面的な機能の発揮が一層期待されるようになっている。また、森林を生態系としてとらえ、森林の保全と利用を両立させつつ、多様なニーズに永続的に対応してゆくための「持続可能な森林経営」の推進が世界的な潮流となっている。

森林は美しい国造りの基礎となるものであり、森林に対する国民の多様な養成に応えられるようその整備及び保全を行い、このような森林の有する多面的機能を持続的に発揮させていくことが求められている。また、国際的にも違法な森林伐採など持続可能な森林経営の推進に支障となる行為を防止する取り組みが求められている。・・・

(政策の理念)

森林は多様な生物のふるさとであり、水の循環により海とともに自然の生態系を支えている。このような森林の働きと多様な生態系の営みにより、我々は、多くの恵を享受してきた。林業はこうした森林の生態系としての営みを活用し、世代を超えた営為の継続により森林の恵である林産物を育成、供給しその再生を図るという役割を果たしてきた。我々は先人の英知を受け継ぎ、今世紀を人と自然が共生する森林の世紀としてゆかねばならない。

(森林の有する多面的機能の発揮についての施策の観点)

・・森林のもたらすさまざまな恩恵を将来にわたって享受していくためには、長期的な視点に立って、森林の状態を的確に把握するとともに、森林ももつ多様な生態的特性を踏まえた適正な整備及び保全を図らなければならない。山村地域における定住の促進を図るとともに、現況調査等の基礎的な活動、都市と山村との共生・対流の推進が必要。

(3)森林の有する多面的機能の発揮に関する目標

(目標の定め方)

森林を整備してゆく上で重視すべき機能に応じた「水土保全林」「森林と人との共生林」「資源の循環利用林」の区分にわけ、目標を設定する。生物多様性上重要な自然環境保全の観点から重要な森林については「森林と人との共生林」に区分しておく。それぞれの森林の区分に応じ、10年後20年後の姿を明示する。

(生物多様性についての配慮)

森林の区分にかかわらず、全ての森林は多様な生物の生息・生育の場として生物多様性の保全に寄与しているので、全ての森林についてこのことに関する配慮が必要

(望ましい森林の姿)

「森林と人との共生林」については、厳正な自然環境を構成し、学術的に貴重な動植物の生息。生育に適している森林、・・・として適切に管理される。おおむね550万ヘクタール。(日本の全森林の約22%)

(森林の誘導の考え方)

「森林と人との共生林」の森林施業の推進にあたっては、自然環境等の保全及び創出を基本とする。

「森林と人との共生林」の約6割は天然生林施業を行うこととし、原生的な自然や自然環境の保全上重要な野生動植物の生息・生育地である森林をはじめ、優れた自然環境や景観を構成する森林については、自然の推移にゆだねることを基本とし、必要に応じ植生の保全復元を図るなど適切に保全管理をする。

(多面的機能の発揮に関する課題)

森林計画に森林所有者国民の意見を反映させ、森林整備への参加促進のため国・地方自治体は広報など努力が必要。

(「共生林」における森林管理)

生態系として重要な森林を適切に保全するとともに、必要に応じて広葉樹の導入等による森林構成の多様化、人為による植生の復元、身近な自然も含めた野生動植物のための回廊の整備等森林の連続性の確保を図っていくことが課題。景観の維持管理が課題。これらの森林の利用にあたっては、立ち入り制限等も含み適切な利用誘導が必要。国有林野事業の保護林制度の活用、自然公園制度との連携が必要。

(森林関連データの整備)

持続可能な森林経営を客観的に把握するための国際的な基準指標等の動向を念頭に置き、希少生物種や水土壌所有形態等を含む森林に関する自然的経済的経済的データの整備が必要。

(4)政府が講ずべき施策

(森林整備の推進)

重視すべき機能に応じた森林の区分を明確にし計画的な施業が推進できるよう施業計画制度の普及につとめ、間伐、造林等を推進する。生物多様性を含めた森林のモニタリングを推進。森林の現況調査等の支援及び、公的関与による森林の整備の推進。環境税、水源税など社会的コスト負担の方法を検討。

(国際的な協調及び貢献)

森林問題は地球規模の問題であり、国際的協調が必要。持続可能な森林経営を把握するための基準の適用に向けた取り組みや国連等における政策対話等に積極的参画。途上地域の森林整備・保全への二国間の技術・資金協力及び多国間機関を通じた協力を推進。

(4)総合的計画的推進のための事項

この計画に従って各施策の実施にあたり、@実施主体による施策の評価見直し、A財政措置が重複しないよう効率的重点的実施、B情報公開と国民の意見の反映、C国と地方の役割分担及びNPOなどの幅広い参加、D国際的な規律との調和、E基本計画の定期的な見直し、が必要。

 

4 森林法改正の中での生物多様性の位置づけ

 

(1)   森林法とわが国の森林計画制度の概要

基本計画の考え方をフィールドレベルに具体化する方法の一つが、森林法に規定されている森林計画制度である。

政府の考えが直接及ばない民有林をコントロールする森林計画制度は、次表に示すとおり全国森林計画(Nation-wide forest plan)、地域森林計画(Regional forest plan)、市町村森林計画(District forest plan)からなる三つの公的計画と、所有者が作成する任意の森林施業計画(Forest management plan)からなっている。

名称

策定者

策定

単位

期間

主たる計画事項

関連

条文

全国

森林

計画

農林水産大臣

全国

15years

森林の区分ごとの森林整備の基本方針

森林法

第4条

地域

森林

計画

都道府県知事

地域森林計画区

158

10years

地域の状況に応じた、それぞれのカテゴリーごとの森林整備のガイドライン

同5条

市町村森林

計画

市町村長

市町村

 

10years

それぞれのカテゴリーの面積と森林施業のガイドライン

10条の

森林

施業

計画

森林所有者

所有者単位

 

5years

三つの森林の区分、伐採の時期方法、更新の時期等を含む森林施業の計画

11条

 

(2)   森林施業計画の役割

国、都道府県、市町村の三つのレベルで作成される公的森林計画の計画事項を、森林管理をする主体である民有林の所有者の管理方針とリンクさせる仕組みが森林施業計画である。

森林施業計画は「森林所有者が単独で又は共同した5年を一期とする計画を作成し市町村長にこれが適当であるかどうかにつき認定を求めることができる」(森林法11条)との規定を根拠としている。

(計画事項)

計画事項は以下の通り規定されている

a 森林の施業に関する長期方針

b 森林の概要(面積、人工林天然林の別、樹種林相、林齢、立木材積)

c 伐採方法(箇所ごとの伐採面積、伐採時期、伐採材積、伐採方法)

d 造林方法(箇所、造林時期、面積、造林樹種、造林方法)

e 間伐方法(同上)

f 保育の種類別面積

g その他

(認定手続き)

計画が次の要件を満たす場合は市町村長が認定

a農林水産省令で定める以下のような基準を満たすこと(共生林の場合の例)

植栽 (植栽によらなければ更新が困難な森林以外の場合)伐採年以降2年以内計画

間伐 人工林で5年以内に基準の立木材積を超える森林に対して計画されている

主伐 基準となる林齢以上で30%以下の択伐(selective cutting

b市町村森林計画を照らして適当な場合

(認定した場合のインセンティブ)

森林施業計画に基づく造林間伐保育については国と都道府県等から助成措置がある。

森林施業計画に基づく伐採による収入に対して所得税の減免措置がある。

 

(3)森林法改正による森林計画制度の改正と生物多様性の位置づけ

以上の役割をもつ森林計画を規定する森林法の改正で生物多様性に関係する部分は次の通り

(公益機能に応じた森林の区分)

全ての森林を「水土保全林」「森林と人との共生林」「資源の循環利用林」と区分することに関し、その原則、基準を全国森林計画などで明示する(第4条、第5条)

一つ一つの森林を三つの区分に分類する作業は、市町村長が市町村森林整備計画により実施する(第7条の二、第10条の5)

(伐採届け出制度の見直し)

立木を伐採する場合に事前に市町村長に届け出る際、伐採後の造林の方法、時期、樹種を追加する

(森林施業計画制度の見直し)

森林所有者は5年計画の森林施業計画を作成し市町村長に認定を求めることができる。その際、森林の区分ごとの認定基準を適用する。(税制、補助金の優遇措置により誘導)

 

5 総括―国際的な政策への日本の教訓

 

森林政策には三つの制約条件がある。第1に森林の保全と持続可能の利用という目的が多くの経済的な収益性をもたないこと、第2に利害関係が直接間接に広範な人々に及びその調整が重要な課題であること、第3に管理をすべき森林が中央政府から離れた広範な地域に散在し、経営に必要な人・物・金等の資源をそのような僻地に配分しなければならないこと、である。

以上のことから、森林政策を実施するにあたって次の点に留意する必要がある。

第1に森林の多面的機能に関するできるだけ高い政策レベルのコンセンサスである。その点で、森林林業基本法という国民の代表が意志決定をする法律の総則に「森林の有する多面的機能の発揮」という基本的な事項が規定された意味は大きい。また、その法律に基づく基本計画も開発や保全に関わる全閣僚の合意を得た形で作成されている。

第2に、政策の策定過程に利害関係者が参画することである。基本法や基本計画の策定過程で利害関係を有する人たちの代表者である審議会の審議を得るとともに、地方における声を聞くための努力がなされた。また、各階層の計画を作成する作業過程において原案を公開し意見を聞くシステムを採用している。

第3に、実際に管理をする権限をもっている森林所有者などがその政策に沿って行動するためのインセンティブを導入することである。日本の場合、任意に作成した森林施業計画が政策ガイドラインに沿って認定された場合、税制、補助金の両面から助成される制度がある。

第4に、行政の最も先端である市町村の行政に権限を配分することである。森林政策の宿命である地方に散在した経営資源を確保するため、最も先端部分の行政機構に責任と権限を配分することは不可欠である。日本の場合も市町村森林整備計画と施業計画の認定の権限は市町村がもっている。