「杜の会」からの提言書(骨子)
 
はじめに
 
  1. 「杜の会」は、トヨタ自動車(株)の社会貢献活動の一環として、関係有識者の方々にお声をおかけし、平成8年度に発足した研究会です。本会は、大自然から都市までを含む様々な空間の「環境緑化」をテーマに、専門的・学際的な討議を行い、関連する活動の活発化を目指しています。

  2. 「杜の会」第1期では、二次林に着目して、「里の緑の活性化」をテーマに提言をまとめ、関係方々との議論を深めさせて頂きました。

  3. 平成9年度秋から開始した「杜の会」第2期では、特に人工林に着目し、地球温暖化防止の視点から、「森林資源の活用・循環のあり方」を検討し、提言書をとりまとめました。本稿は、「杜の会」第2期提言書の骨子として、とりまとめたものです。
 
基本的視点
 
  1. 1997年12月の地球温暖化防止京都会議(気候変動条約第3回締約国会議)では、CO2の吸収源として森林が位置づけられ、注目を集めました。しかし、京都会議が拠り所としたIPCCガイドラインでは、森林経営や木材活用の方法の違いを問わず、森林伐採を一律にCO2の排出として扱っています。

  2. 2000年に開催される第6回締約国会議では、引き続き森林の取り扱いが議論される予定です。ここで、「森林伐採=CO2の排出」とする決定が成されると、地球温暖化防止のために本来あるべき対策が進められないばかりか様々な効用を持つ木材の活用が阻害され、また木材の活用の改善に対するインセンティブを失う可能性があります。

  3. このため、「杜の会」では、地球温暖化防止の観点から森林を考える際、森林だけを議論するのではなく、「木材のライフサイクル(森林から木材の生産・消費・廃棄に至る全プロセス)」の二酸化炭素収支を議論すべきことを提案します。

  4. なお、「木材のライフサイクル」は、地球温暖化防止を始め、資源・エネルギー問題、木とのふれあい、山村地域の活性化等と大きな関わりを持っています。「杜の会」では、地球温暖化防止の視点からの議論が、諸問題の解決や多面的効用の発揮を考える糸口となればと考えています。
基本的考え方
1.ライフサイクル全体のCO2収支を捉える
 
1) 「木材のライフサイクル」のバイオマスCO2収支、あるいはバイオマスCO2貯留量を評価指標として、関連する取組みを総合的かつ整合的に進める必要があります。このため、林業、木材加工業、木材需要の大半を占める住宅分野や製紙分野等の各々の取組みと連携が期待されます。

注1)バイオマスCO2収支とは、森林によるCO2固定量と、住宅や紙等に使用された木材の廃棄によるCO2排出量の差し引きを示します。
注2)バイオマス貯留量とは、「自然の森(森林)」と「街の森(住宅等)」におけるCO2貯留量の総和を示します。
   
2)

バイオマスCO2収支の改善、あるいはバイオマスCO2貯留量の増大のために、次の取組みが期待されます。

 
(1) 原生林の保全や荒廃地の再生、及び成長飽和になっている国内の人工林あるいは二次林の伐採と優先的活用 (これにより、森林におけるCO2貯留量の増大、及び成長飽和の森林の更新によるバイオマスCO2固定量の増大を図る)。
   
(2) 木材加工段階での丸太の歩留まり率の向上、及び製材残材や木くずの再資源化 (これにより、バイオマスCO2排出量を抑制する)。
   
(3)

新設着工における住宅1戸当たりの木材使用量の増大 (これにより、住宅木材としてのCO2貯留量を増大させる)。

   
(4) 木材用途の約半分を占める住宅について、中古住宅の再使用や既存住宅のリフォームによる木材廃棄物の発生抑制 (これにより、バイオマスCO2排出量の抑制を図る)。
   
(5) 住宅木材の廃棄(仕方なく解体する場合)や古紙の廃棄における分別の徹底と木材関連廃棄物の再資源化 (これにより、バイオマスCO2排出量の抑制を図る)。
2.木材によって化石・鉱物資源を逆代替する
 
1) 化石資源由来のCO2排出量を評価指標として、木材による化石・鉱物資源の逆代替を進め、「省エネルギー効果」と「エネルギー代替効果」を発揮させることが期待されます。

注1)木材は、鉄やアルミ等の化石・鉱物資源よりも、生産過程での化石資源由来のCO2排出量が少ないため、木材によって化石・鉱物資源を逆代替することで、CO2排出量を抑制することができます。この効果を、「省エネルギー効果」といいます。
注2)廃材等をエネルギー源として利用すれば、その分化石資源のエネルギー利用(CO2排出)を抑制することができます。この効果を、「エネルギー代替効果」といいます。

   
2) 「省エネルギー効果」、「エネルギー代替効果」を発揮させるために、次の取組みが期待されます。
 
(1) 住宅新設着工に占める木造住宅のシェアの向上 (これにより、部材の生産におけるエネルギー消費量を抑制する)。
   
(2) 住宅における鋼材やコンクリート等の使用量の抑制、外壁や窓枠に使用する非木質資源の木質資源による逆代替 (これにより、住宅全体の木材使用原単位の増大(化石・鉱物資源使用原単位の抑制)を進める)。
   
(3) 仕方なく生じる製材残材・住宅廃材・古紙や、持続可能な管理を行う森林から計画的に調達する木材のエネルギー源としての利用 (これにより、「エネルギー代替効果」を発揮させる)。
3.国産材及び廃材等を活用する仕組みを作る
 
1) 地球温暖化防止の視点から、伐採・再造林によるCO2固定効果の向上や輸送過程での環境負荷の抑制が期待できる国産材の活用が望まれます。このためには、国産材と輸入材の価格差を是正するための工夫や、国産材を活かす仕組みづくりが期待されます。
   
2) また、バイオマスCO2収支の改善や、「エネルギー代替効果」を発揮させる上で、国内で発生する廃材・古紙等の有効利用が期待されます。このためには、住宅解体時や古紙回収時の分別や、廃材・古紙等を再資源化し、再生利用する仕組みづくりが期待されます。
4.東南アジアの森林経営に協力する
 
1) 国産材及び廃材・古紙等を優先的に活用する一方で、日本の木材輸入先への配慮が必要になります。特に、熱帯林の破壊が深刻な東南アジアに対しては、熱帯林の再生や森林保全と経済発展の両立に対して、日本の関与が必要となります。
   
2) 地球温暖化防止のための国際メカニズムが検討されており、このメカニズムを活用した東南アジア地域での森林再生が考えられます。しかし、東南アジアの森林破壊は、木材輸入国である日本の責任も大きいことから、東南アジアでの森林再生を、日本の純粋な貢献とすることは避けなければなりません。
 

【 参 考 】
  「杜の会」では、「木材のライフサイクル」の改善による地球温暖化防止効果を試算してみました。この結果、住宅除却戸数の抑制や、廃材・古紙等のリサイクル等によって、数百万t-C/年の二酸化炭素排出を抑制できることが明らかになりました。日本のCO2排出量が、1990年時点で約3億t-C/年であり、2010年前後の削減目標が6%であることを考えると、「木材のライフサイクル」の改善は、CO2排出削減において、大きなウエイトを持っているといえます。
 また、住宅分野では、バイオマス由来のCO2排出量も大きなウエイトを占めますが、特に化石資源由来のCO2排出量が大きく、改善による「省エネルギー効果」が大きいという結果を得ています。
  製紙分野では、未回収古紙をバイオマス由来のCO2排出と見なすと、その排出量が化石資源由来のCO2排出量を上回り、古紙の再資源化の重要性が明らかになっています。(試算詳細)

 
改善方策
1.国内各地域において木材循環圏域をつくる
 
1) 山村地域を中心とした圏域において、地場木材や地域で発生した木材廃棄物を活用した多品目少量生産とその製品の域産域消を進めることが必要です。これが、国産材の競争力を最大限に発揮し、また木材廃棄物の再資源化を効率的に行う方法だと考えられます。
   
2) 木材循環圏域を実現するため、地場木材や木材廃棄物の再生資源を原材料として、多品種少量生産を行う関連企業の連合体「木材生産コンソーシアム」、地場木材や木材廃棄物、木材製品の流通市場である「木材流通チャンネル」、廃材や古紙等を再資源化する「木材再生ファクトリー」という3つの仕組みを整備することが考えられます。
2.東南アジア各地域において、社会林業コミュニティをつくる
 
1) 東南アジアにおいては、林業以外の産業育成とともに、地域住民の生活の安定・向上を重視した持続可能な林業(社会林業)の普及を図ることが重要です。この社会林業は、森林の活用方法や地域コミュニティの状況によって、様々な姿が考えられます。
   
2) 東南アジアでの社会林業には、日本国内のいくつかの企業や市民団体等が関与しています。既に実績のある主体が他主体と連携し、さらに活動を展開することが期待されます。また、社会林業を普及する上では、「社会林業モデル・コミュニティ」を実現すること、日本の山村地域も含めてモデル・コミュニティのネットワークをつくること、現地国の住民リーダーを「社会林業普及指導員」として育成することが考えられます。
3.大都市地域と森林を結ぶ仕組みをつくる
 
1) 大都市地域では、遠距離地域からの木材調達を余儀なくされます。このため、木材産地との関係づくりを積極的に行い、意識距離を縮めることが大切です。さらには、大都市地域と木材産地との関係づくりによって、山村地域の魅力を知った大都市住民のUJIターンの活発化が期待されます。
   
2) 大都市住民にとっては、木材産地に係る情報入手や体験機会がまだまだ不足しており、その充実が期待されます。また、大都市住民と木材産地との関係づくりの場として、「木材消費者クラブ」を設置し、木材調達に係る情報提供、産地直送住宅の共同展示場の設置、木造住宅の設計業者の斡旋等を行うことが考えられます。
4.伝統技術・先端技術を融合させ、森林資源の新たな需要をつくる
 
1) 廃材・古紙等の再資源化とその利用を円滑に行うため、木材利用に係る伝統技術の見直しや先端技術の開発を進める必要があります。特に、薪炭利用、堆肥化、木くずや古紙の建造材としての利用、バイオマス発電や燃料電池等の技術開発が期待されます。
   
2) 公設試験所、大学、市民団体、企業等の連携による共同研究プロジェクト、研究開発成果の市場化を進める起業化支援事業の推進が期待されます。一方、住宅や製紙業者等はもちろんのこと、公共工事業者や自動車、家電製品、包装容器等の製造業者が、新規木材製品等の率先調達を行うことが期待されます。
5.健全な木材循環を支える経済システムをつくる
 
1) 「木材のライフサイクル」の改善を進めるためには、規制的措置の強化やモラルの徹底等だけではなく、市場メカニズムを健全に機能させるための市場の枠組みづくりが重要です。特に、木造住宅の建築規制、住宅取得税、固定資産税、相続税の見直しや、助成措置の充実等が期待されます。
   
2) 「木材のライフサイクル」全般にわたる直接的規制や誘導的措置を、省庁・業界間を横断的にかつ整合的に実施するため、「木材循環経済法」等を制定し、基本的枠組みを定めることが考えられます。
6.木材及び木材製品の認証制度を確立する
1) 地球温暖化防止に配慮した木材や木製品の流通においては、木材や木製品の認証制度の確立と普及を進めることが必要です。既に、FSC(森林管理協議会)やISO(国際標準化機構)によって、関連する制度が確立されつつあり、これらの動向が注目されます。
   
2) 木材や木製品の総合的な認証を行う機関の設立を目指し、関連業界や関係省庁が連携していくことが望まれます。また、認証された木材や木製品を購入するバイヤーズ・グループを結成することも考えられます。
 
おわりに 
 
  1. 「杜の会」では、この提言書に基づき、さらに議論を重ねさせて頂きたいと考えています。なお、提言書の詳細を知りたい方は事務局までお問い合わせ下さい。

  2. 特に、「木材のライフサイクル」の改善を進めるためには、関連する様々な利害関係者が一堂に会することが重要です。様々な立場での忌憚のないご意見をお待ちします。
 
「杜の会」第2期・委員構成
【常任委員】 順不同、50音順
座 長 佐々木 恵彦 日本大学生物資源科学部教授 (緑化政策)
委 員 有馬 孝禮 東京大学農学生命科学研究科教授 (森林資源活用)
    篠原 修 東京大学大学院工学系研究科教授 (景観・計画思想)
    武内 和彦 東京大学農学生命科学研究科教授 (緑地環境学)
    只木 良也 (株)プレック研究所生態研究センター長(森林生態学)
    細田 衛士 慶応義塾大学経済学部教授 (環境経済学)
    内藤 正明 京都大学大学院環境地球工学専攻教授(環境システム)
【ゲスト】
井出 光俊 元・林野庁指導部研究普及課国際研究連絡調整官
(地球温暖化防止と林業政策)
吉津 耕一 只見木材加工協同組合代表理事(木材活用)
白岩 英紀 元・遠野市地域産業総合振興室(地域森林政策)
前澤 英士 (財)世界自然保護基金日本委員会(森林認証)
【主催・事務局】
主 催 トヨタ自動車株式会社
事務局 三井情報開発株式会社
総合研究所 情報環境研究センター内
佐野・白井・小高・小島・緒方
住所:〒164-8555 東京都中野区東中野2-7-14
TEL:(03)3227-5820  FAX:(03)3366-6709
 
 
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