森林の持続可能性と林産物の自由貿易:東南アジアの事例

Forest sustainability and the free trade of forest products: cases from Southeast Asia
Ecological Economics, Volume 50, Issues 1-2, 1 September 2004, Pages 23-34
Mihoko Shimamoto, Fumikazu Ubukata and Yoshiki Seki

要旨

島本美保子

 

本稿では、林産物の自由貿易が森林の持続可能性に与える影響に関する近年までの議論の大筋を紹介した後、東南アジアのフィリピン、タイ、インドネシアを事例に、林産物の自由貿易がそれぞれの国の森林管理に与えている影響から、自由貿易と森林の持続可能性について考察したものである。

フィリピン、タイはともに第二次大戦後商業伐採等によって著しく天然林が減少し、現在では木材輸入国となっている。両国では今やその伐採跡地に造林を行い、持続的な森林として管理していくことが森林行政の最も重大な課題となっている。

フィリピンでは政府は広大な伐採跡地を政府の予算で管理しきることができないため、政府は自らの造林事業に加えて、企業造林や海外の開発援助による造林事業への制度を整えた。しかし国有林の中には、もともと山間部で狩猟採集あるいは焼畑を行ってきた人々や低地から入植してきた人々が生活しており、造林による土地の囲い込みは彼らの土地を奪うことになり、結局成功しなかった。むしろ現在では地元の農民による造林が期待されている。しかし農民が造林という土地利用を選択するためには、林産物の販路の確保が必要である。他方でフィリピン国内の林産業は90年代国内向けに特化して製材や合板を生産してきたが、近年アセアンやWTOの貿易自由化要求による急激な林産物の関税引き下げで、輸入品に国内市場を奪われつつあり、国産丸太の販路の確保が難しくなってきている。

タイでも同様な経緯で農民造林が推進されるようになったが、タイでは販路が確保されているパルプ用のユーカリのみが盛んに造林され、チークなどの在来樹種の造林が進まない。タイ国内では、製材、合板産業は国内での原料調達に見切りをつけており、合板生産の原料丸太の大部分を輸入材に依存しており、また製材、合板の製品輸入も多い。またタイ政府は、在来樹種の造林がユーカリに比べて進まない原因が、造林・育林段階のコストの高さにあると考えて、造林補助金制度を行ったりしてきたが、他方国内市場の整備等、販路の問題については何ら手段を講じてきていない。

インドネシアはいまだ未伐採の天然林を有しているため原材料が安価で、労働コストもこれらの国より安価であり、林産物の国際競争力を有している国といえる。しかしインドネシアの天然林の丸太供給力については今後急激に劣化に向かい、2020年代には天然林資源は枯渇するだろうとの予測もある。しかも不法伐採が横行しており、外貨確保のための林産物輸出推進は、保全林も含めた森林資源の劣化を加速している。

 これらを見る限り、木材輸入国においても天然林材の輸出国においても自由貿易が森林の持続可能性に負の影響を与えているといえる。従来の議論は木を植えるためには造林育林補助が必要であり、また途上国での森林劣化は国の森林管理行政能力が低い(administration failure)からで、管理能力が確保されれば自由貿易と持続可能な森林管理と調和的である、といわれてきた。しかし森林という土地利用を選択するためには、林産物の販路の確保が必要である。これは森林管理行政能力が高い先進国でも民間による造林を期待する場合は同様である。従って森林の持続可能性のためには、WTOは工業製品と農産物の二分法をやめて、森林資源については持続可能性という観点からの貿易制御をルール化すべきである。