米加針葉樹製材貿易紛争が提起しているもの(要旨)
藤原敬
林業経済誌1999.12 no614号掲載
1 はじめに
2 米加針葉樹製材貿易紛争の経緯
3 カナダ産針葉樹製材相殺関税の主要論点
4 今後に残された議論
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1 はじめに
米国とカナダは、お互いに世界で一番木材貿易が多い関係にあるが、その中でも最も貿易額が多いカナダから米国に向けての針葉樹製材品は、関税割当制度という貿易制限の下にある。1980年代のはじめから続けられてきた米国とカナダ間の針葉樹製材貿易紛争の経緯を踏まえて、96年の春に締結された二国間協定によるものである。
この間、両国間で、あるいは業界と政府間で議論されてきた、「輸出国の立木価格の設定方法や丸太の輸出規制に由来する廉価な木材の輸出が、輸入国の林産業に損害を与える場合,国際法に基づき規制をすることが可能かどうか」というテーマは、わが国の今後の林産物貿易政策や森林条約などの国際的な議論にも重要な示唆を与えるものである。小論では20年近くにおよぶ議論の概要を紹介し,今後の我が国での議論の発展に資したい。
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2 米加針葉樹製材貿易紛争の経緯
米国業界が主張した規制の根拠は、ガット6条に基づく補助金相殺関税、すなわち、輸出国の与える補助金が輸入国の産業に損害を与える場合の関税措置である。米国の相殺関税手続きは、通常、業界による提訴に始まり、商務省の国際貿易局(ITA)と、独立機関である米国国際貿易委員会(ITC)が調査を担当し、両方がクロとなった場合発動されることとなっている。米国とカナダが89年に自由貿易協定を締結してからは、この上に同条約による2国間パネルが紛争処理に当たることとなった。15年間の紛争は、主として上記の3つの機関における論争として繰り広げられ、別表の通りその結果各種の報告書が作成されている。
この紛争は、82年に米国業界が提訴し米国政府がシロ(相殺関税には当たらない)と判断した第一次紛争、86年に業界の提訴を受けクロの最終決定目前に二国間協定が結ばれた第二次紛争、91年から92年まで米加自由貿易協定の紛争処理パネルまで場所を移し、最終的に二国間合意に至る第三次紛争、の三期に分けてみることができる。(別表)
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3 カナダ産針葉樹製材相殺関税の主要論点
議論は、カナダ州政府が業界に販売する立木価格と丸太輸出規制の措置が、米国の国内法の補助金の要件を満たすかどうかをめぐって繰り広げられた。この要件は、@特定の企業・産業、企業・産業グループに支払われるという特定性の基準(Specificity
Test)、A特恵的料金での商品または役務の提供などの、便宜供与が与えられているという特恵性基準(Preferentiality
Test)の二点である。
A 立木価格問題
政府が販売する林産物価格が特恵的料金か否かの議論は、何を基準価格とするか、米国内にガイドラインを巡る議論となった。
第一次・第二次紛争を通し、米国業界は、国境を挟んで同種の森林について立木価格の比較し、カナダの立木価格が米国のものより安いという結果を提出し(資料3,8)(米国の価格を基準価格に設定)、カナダ側の廉価販売を主張してきた。わかりやすい議論であるが、一般的に、他国(この場合は米国)の価格を基準価格とすることについては、他の条件の同一性を証明することが困難であることから、否定的な見解が強い。相殺関税を肯定した、第二次紛争の国際貿易局(ITA)の決定は、「政府の調達価格」を基準とし、州政府が経済林を育成するコストより立木販売価格が安いことをもって補助金と認定している(資料12)。
第三次紛争では、米国の国際貿易局(ITA)は、少量の競争入札による販売事例(小規模林産業振興計画=SBFEP)を基準として、この価格より通常の販売価格が安いことをもって補助金とみなし相殺関税を肯定している(資料17)。
三次紛争の二国間紛争処理パネルでは、カナダ側は仮に廉価で販売されたとしても、林産物の場合生産量はほとんど変化せず市場を歪曲することが無いため、補助金としての役割を果たさないという議論を展開した(新たにMarket
distortion testを導入)。パネルの多数もそれに同調し、補助金認定の米国側決定を差し戻す決定がなされた(資料12)。
B 丸太輸出規制
丸太輸出規制が政府による特恵的な料金での商品の提供に当たるという主張は、第三次紛争になって米国業界が初めて持ち込んできた主張であった。ITAは、申し立てられていた4州のうちBC州の丸太輸出規制のみ相殺可能な補助金の効果を認めて、カナダ国内の流通丸太価格と、輸出統計に現れる丸太価格(例外的に認められた輸出丸太の価格)の差が、輸出規制の結果による丸太価格の廉価販売の額であると決定した(資料17)。二国間紛争処理パネルも基本的な支持を表明した(資料24)。
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4 今後に残された議論
(1)原料の輸出規制の補助金認定
カナダを含めて世界の各国が、木材の原材料輸出規制をしており、当の米国も西部の連邦有林に限るという限定つきながら輸出規制をしている。これらの行為が、GATTの「数量制限の一般的禁止」(1947年のガット11条)という原則に照らして問題であるという主張が一般になされている。しかし、「原材料の輸入規制が人為的に産地国の加工業者に対する原材料価格を低位に維持する仕組みになっており、相殺可能な補助金である。」と、米国業界側が第三次紛争で提起した論点は、同じ、ガットという協定に根拠を持つ議論ではあるが、政治的な意味合いが大きく異なっている。すなわち、世界中で輸入国が少数で輸出国が多数であるような林産物の場合、輸入国の権利として一方的に(輸出国の合意なしに)行使できる相殺関税条項の適用は、格段に輸入国にとって有利な立場をもたらす。第三次紛争での判断当事者であるITA、自由貿易協定紛争処理パネル双方とも、法的に(de
jure)はともかく事実上の(de
facto)補助金認定の方向で一致した。木材以外の天然資源の原材料の輸出規制が相殺可能な補助金と認定された先例などが、重視されたのである。結局、最終的に二国間の政治的な妥協に至ったため、輸出規制問題の法的な決着は着けられなかったが、輸出規制が引き起こす補助金効果についてはこれを契機にその他の場でも国際的な議論が展開されるようになった。我が国としても、原料輸出を規制している多くの輸出国の原料価格の実態を精査し、検討を深める必要がある。
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(2)廉価販売の基準
国有林・州有林の加工業界に対する木材の販売価格が廉価販売と認められる場合、相殺可能な補助金に認定されるとして、その基準価格(Benchmark
Price)をどのように設定すべきかという課題が、小論で主としてフォローしてきた事項である。本事案では、米国の国内手続きの先例による5つの基準に照らした論争が繰り広げられた。すなわち、@政府が同一の商品や便益を国内の他の者に販売した価格、A政府が類似の商品や便益を販売した価格、B他の販売者が同一の商品や便益を販売した価格、C商品や便益を提供する政府のコスト、D当該商品や便益を他国で調達する価格である。このうち、Cを除く項目は、市場に流通している価格を適正価格とし、その比較が最もしやすい形態を順に提起していると考えることができる。現在のガットが規定する法体系の中で、現実的な規定である。このような点から、我が国としても、我が国に輸入される林産物について、輸出国の原材料価格の評価を行う必要があるだろう。
また将来の議論として、「現在、国際的に流通している価格体系自体が歪曲されている」という前提に立つ場合(例えば、「林産物価格に森林の再生費用を加えた『環境価格』」を適正価格とする、という概念を導入しようという場合)、市場価格は適正価格というこれらの立場では不十分となる。すなわち、Cの「商品や便益を提供する政府のコスト」という概念がきわめて重要な役割を担う可能性がある。既にOECDや地球サミットでコンセンサスとなっている「環境コストの生産者負担」という考え方を踏まえ、@持続可能な森林経営を行う前提で政府の立木の調達コストをどう積算するか、A同種の産品を差別しないという建前の現行WTO協定との整合性をどうはかるか、など(先進国と途上国双方に適用できる基準が可能かなども含め)、今後の検討課題である。
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別表
別表:米加針葉樹製材貿易紛争年表 | |||||
年月 | 期別 | 事項 | 資料番号 | 資料 | 備考 |
1982年1月 | 議会の指示に従いITCが調査を開始 | ||||
1982年3月 | ITCポートランドで公聴会の開催* | 1 | The Hearing of US ITC in Portland Conditions Relating to the Importation of Canadian Softwood Lumber into the US March 3, 1982 | ||
1982年4月 | ITC侵害を認めず* | 2 | Report by US ITC Conditions Relating to the Importation of Canadian Softwood Lumber into the US USTIC PUBLICATION 1241/ April 1982 | ||
1982年7月 | 公正木材輸入貿易同盟(CFCLI)結成、 | ||||
1982年10月 | 第一次紛争 | CFCLI相殺関税調査申請 |
3 | Countervailing Duty Petition Certain Forest Products from Canada Softwood Lumber, Shakes and Shingles, and Fence | |
ITC(侵害認定)とITA(補助金認定)調査開始 | |||||
1982年11月 | ITC侵害ついて「合理的指標裁定」 | 4 | Softwood Lumber from Canada /Determination Federal Register/Vol. 47, No. 231 /December 1, 1982 | ||
1983年5月 | ITA補助金なしの最終裁定 | 5 | Final Negative Countervailing Duty Determinations; Certain Softwood Products from Canada/ Federal Register /Vol. 48, No. 105 / Tuesday, May 31, 1983 | ||
1984年12月 | 議会内務小委員会公聴会を実施 | ||||
1985年3月 | 米加政府間会合本件を協議 ITC調査開始を決定/新法案導入/ |
||||
ITC公聴会開催 | 6 | The Hearing of the US ITC Conditions Relating to the Inspiration of Softwood Lumber into the US July 23, 1985 | |||
1985年10月 | ITCコスト比較の調査発表 | 7 | Conditions Relating to the Importation of Softwood Lumber into the
United States October 1985/ USITC PUBLICATION 1765 | ||
1986年5月 | 第二次紛争 | CFCLI相殺関税申請(27%)。カナダ政府に圧力。 | 8 | Petition for the Imposition of CVD on Softwood Lumber Products from
Canada by CFCLI May 19, 1986 | |
1986年6月 | ITCで公聴会開催 |
9 | The Hearing of the US ITC Soft wood Lumber from Canada June 10, 1986 | ||
10 | the Report by the Canadian Forest Industries Council and Affiliated Companies | ||||
ITC米国の産業侵害を受けていると裁定* | 11 | Determination of the US ITC Softwood Lumber from Canada USTIC PUBLICATION 1874/July 1986 | |||
1986年10月 | ITA仮裁定15%相殺関税 | 12 | Preliminary Affirmative Countervailing Duty Detemination:Certain Softwood Lumber Products From Canada/ Federal Register Vol.51,No.204/October 22,1986 | ||
1986年12月 | 針葉樹製材合意(MOU)* | 13 | Memorandum of Understanding | ||
カナダ輸出税/CFLI申請取りさげ | |||||
1987年10月 | BC州立木価格を引き上げ 輸出税支払い業者に値引き 加政府置き換え承認 |
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1988年2月 | BC州業界立木価格システムを告発 | ||||
1989年1月 | カナダ側MOUの終結言及 | ||||
上院財政委員会公聴会を実施 | 14 | Hearing before the Subcommittee on International Trade of the
committee on Finance/ US Senate April 7, 1989 | |||
1990年10月 | ケベック州の輸出税引き下げ | ||||
1991年10月 | 第三次紛争 | カナダ政府MOUを終結 米緊急課税(BC州はのぞく) 相殺関税の手続き開始 |
|||
1991年11月 | 相殺関税の調査開始(ITC12月めど) | ||||
1991年12月 | ITC侵害認定 | 15 | Determination of the US ITC Softwood Lumber from Canada USITC PUBLICATION 2468/ December 1991 | ||
1992年3月 | ITA補助金を仮裁定(14.88%の仮関税) | 16 | Preliminary Affirmative CVD Determination: Certain Softwood Lumber
Products From Canada/ ITA Federal Register/ Vol. 57, No. 49/ March 12, 1992 | ||
1992年5月 | ITA14.48%を6.51%引き下げ裁 | 17 | Final Affirmative Countervailing Duty Determination/ ITC/ Federal Register/ vol. 57 No. 103/ May 28, 1992 | ||
1992年6月 | ITC6.51%税を正式裁定。 |
18 | Determination of the US ITC Softwood Lumber from Canada USITC PUBLICATION 2530/ July 1992 | ||
加業界自由貿易協定パネルを求めると言及 | |||||
1992年8月 | カナダ政府GATT,FTA、などへ提訴へ | ||||
1993年5月 | FTA二国間パネル補助金認定ITAへ差し戻し | 19 | Decision of the Panel US-Canada FTA Binational Panel May 6, 1993 | ||
20 | Notice of decision of Panel by ITA Federal Register / Vol. 58, No. 98 / May 24, 1993 | ||||
1993年7月 | FTA二国間パネル侵害認定ITCへ差し戻し* | 21 | Decision of the Panel US-Canada FTA Binational Panel July 26, 1993 | ||
1993年9月 | 米商務省相殺関税引き上げ裁定(6.51%から11.54%)* | ||||
ITC差し戻し審査に関する証拠提出通知 | 22 | Softwood Lumber From Canada; Reopening of Record on Remand federal Register / Vol. 58, No. 184 / September 24, 1993 | |||
1993年10月 | ITC再調査侵害裁定維持* | 23 | US ITC Report Softwood Lumber from Canada Investigation No.701-TA-312(Remand) USITC PUBLICATION 2689/ October 1993 | ||
1993年12月 | FTA二国間パネル一部再差し戻し* | 24 | Decision of the Panel on Remand US-Canada FTA Binational Panel December 17,1993 | ||
1994年1月 | 米商務省カナダの行為は相殺不可能と決定、今後継続検討*6.51%維持 | ||||
二国間パネルITCの再調査結果を差し戻し* | 25 | Decision of the Panel Binational Panel Review under The US-Canada FTA January 28, 1994 | |||
1994年3月 | ITC侵害認定を再度肯定* | 26 | US ITC Report Softwood Lumber from Canada Investigation No.701-TA-312 (Second Remand) Publication 2753/March 1994 | ||
1994年4月 | 米国,政府特別告訴委員会(ECC)を正式要求 | ||||
BC州政府立木価格引き上げ発表* CFCLI好意的反応 |
|||||
1994年7月 | 二国間パネルITCの侵害認定部分肯定の裁定* | 27 | Decision of the Panel on Remand US-Canada FTA Binational Panel Secretariat File No. ECC-94-1904-01 USA July 6,1994 | ||
1994年8月 | ECC米国の告発却下* |
28 | Memorandum Opinions and Order Extraordinary Challenge Committee US-Canada FTA August 3, 1994 | ||
商務省寄託金の払い戻し命令 | |||||
1994年12月 | 寄託金の全額返還と林産物協議窓口の設置を合意 | ||||
1995年4月 | 事務レベル協議 94年の輸入量史上最高(16.4bbf) |
||||
1995年6月 | 協議失敗 CFCLI新たな提訴を準備 |
||||
1995年11月 | 新法案(ボーカス法案)導入 | 29 | Mr.Baucus introduced the following bill | ||
30 | Congressional Record Proceedings and Debates of the 104th Congress, First Session | ||||
31 | Baucus Bill Seen Ploy to Light Fire in US, Canadian Lumber Talds | ||||
1996年2月 | 仮協定締結(BC州9bbf無税…) | ||||
1996年3月 | CFCLI「協定が出来なければ相殺関税申請の準備完了」 | ||||
1996年4月 | 二国間合意成立(6%の数量制限を超えるものに輸出税)* | USTR STATEMENT ON SOFTWOOD AGREEMENT | |||
1986年5月 | 正式調印(5/29)* | 32 | Softwood Lumber Agreement between the Government of the USA and Canada May 29, 1996 | ||
1996年9月 | カナダ政府初年度の輸出枠を設定(BC州8.67bbf) | ||||
Random Lengths / US-Canada Softwood Lumber Dispute Timeline より作成 |