林産物自由貿易と森林の持続可能性―東南アジアの場合

法政大学社会学部

島本美保子

(議論の経緯)

・林産物自由貿易と熱帯林の関係…調和的であるという議論がなされることが多かった

・ウルグアイラウンドで紙・パルプの10年後の関税ゼロ化合意

 製材やその他の林産物の関税ゼロ化は先送り→WTO新ラウンドでの課題

―競争は費用効率的で資源効率的な技術導入を促し、また木くずの紙パルプへの再利用

を促す。

―貿易自由化は一般に、特に途上国において、所得を高め、その結果環境保護への投資

を増やし、燃料用材の消費を減少させる。

・森林条約の議論…地球サミット(UNCED)の森林原則声明―森林条約策定への動き

→国連の持続可能な開発委員会(CSD)下のIPFIFFで議論

―市場アクセスの改善、貿易自由化推進が森林の持続可能な管理を高める

⇒このような論調になる原因

@     林産物輸入国の森林管理と貿易に関する分析がされていない

A     政府の森林管理能力や産業構造の問題を分析の枠外としている

 

(東南アジアの現状)

・過去に天然林を切り尽くして、国土再生のために造林が必要なフィリピンとタイ

・現在でもまだ天然林を有しており、林産物の輸出競争力を持っているインドネシア

 

1)フィリピン

(背景)

・戦後5割程度だった森林率が、6070年代をピークとするコンセッション発給と商業伐採によって、80年後半には約2割→1992年未伐採の天然林における伐採活動が禁止

     劣化した林地は山地崩壊や台風による洪水などさまざまな自然災害

→伐採跡地への造林が急務→政府だけでは管理しきれない→企業造林や海外の開発援助

     造林の構造的問題…国有林内には多くの住民(88年に870万人;人口の13%)

→政府や企業の造林、彼らの生活の場と競合

82年社会林業政策(国有林内の不法占拠者に土地保有権、20%に樹木を植栽することを条件に、1人あたり最大7haまでの土地保有を承認)

・伐採跡地の林地利用は、農地利用など他の土地利用形態と競合

→林地利用を選択させるには造林した木材への需要が不可欠な条件

 

(フィリピンの国内林産業と原料調達)←9811月、PWPAおよび合板業者

     資源の枯渇のため90年代には林産物輸出が急激に減少、ほとんどが国内向け

     国内では低質で安い製材や合板への安定した需要→国内企業はこれに特化

     近年、合板の芯板の国産の人工材(←地方の農家林家)、外板は国内の二次林のラワンか輸入材

     国内の人工材は樹種によって合板の外板として使うことも可能。輸入材は調達リスクがあるという意味で、価格が同程度であれば、国内材には魅力があり、現在の市場状況のままであれば、国内材でもなんとか採算がとれる

 

(関税引き下げによる国内林産業への影響)

・合板については95年までは関税は50%→アセアン共通有効特恵関税協定(CEPT)で、96年には30%、98年には20%に。遅くとも2007年には0-5%に。

9811月のマニラのある合板工場の例)

・売上総利益率は6.6~9.5%

・もし輸入合板の値段がこれと同等だった場合(PWPAデータでは246.8ドル/mとさらに安い)、関税が撤廃された場合、値段は228.9~235.8ドル/になる。

→国内産は全く競争力を持たない

 

表1 マニラのある合板工場における合板1mあたりの費用

費目

1mあたりのコスト(US$

材料代 外板 ラワン

69.57

    芯板 ファルカタリア

94.69

人件費(賃金)

24.67

接着剤など

26.12

電気代

14.48

部品代、修理代

5.186

油、ガソリン

2.763

厚生費

2.569

その他の経費

7.157

減価償却費

8.692

支払利子

8.401

事務所経費

5.186

269.5

売値

274-282.7

注:1998年11月現在

 

・外板の原材料を国内人工材(ファルカタリア)に変えた場合→

→コスト計は235.35ドル/m(←丸太仕入値が35.42ドル/m)で輸入製品に負ける

・もし98年時点の価格のままであれば、外板へのファルカタリア導入で、経常利益率は14.3〜16.7%になり、経営の維持が十分可能なレベルになる。

 

(森林管理と国内林産業)

・もし国内市場が輸入合板に大きく依存するようになれば、国内人工林材は有望な市場を失う→地方の農家林家の造林インセンティブは少なからず損なわれる

 

2)タイ

(背景)

・戦後5割以上あった森林率が、移動耕作や農地利用のための開墾、木材生産、薪炭採取といった原因で、90年ごろには25%程度に減少→各地で洪水などの自然災害が多発→

 政府は積極的に造林を推進→民間企業(大企業)に統合的な事業形態(植林・伐採から加工・製造まで)でのユーカリ経営を奨励

→住民の土地利用権との紛争が頻発→農民が造林したユーカリを買い上げて加工

・タイのユーカリは製材や合板には向かず、紙パルプの原料、近年ファイバーボードが競争力のある輸出財として生産増

 

(ユーカリと在来樹種)

     ユーカリは市場の需要が潤沢→民間や農家は造林インセンティブを持っている

→ユーカリ造林は生態系に悪影響

・在来樹種の造林はあまり進んでいない→産出される丸太の販路がないから

・国内でも建設用を中心に製材や合板などの需要がかなりある→90年代以降は国内の製材、合板生産の原料丸太の大部分を輸入材に依存しており、また製材、合板の製品輸入も多い

・タイの製材、合板産業は国内での原料調達に見切りをつけている→外材に対する価格競争力のない在来樹種の造林が進むために必要な、販路の確保は行われていない

     タイ政府は、在来樹種の造林がユーカリに比べて進まない原因が、造林・育林段階のコストの高さにあると考えて、造林補助金制度を導入→造林広がらず

     国内市場の整備等、販路の問題については無策

     丸太の主な輸入元(カンボジア、ラオス)での天然林伐採の大きな原因

 

インドネシア

(背景)

・未伐採の天然林を有し、労働コストも安価→林産物の国際競争力を持つ

     80年代以降石油輸出による外貨収入の落ち込み→80年代後半から全輸出額に占める林産物の輸出額の割合は年間15%~20%

→林産物関税撤廃を支持

(天然林の劣化)

表2

 

 

1984a)

1998b)

1996c)

 

 

 

 

 

うち未伐採

伐採可能な森林

生産林

3300ha

3480ha

 

1200ha

制限的生産林

3130ha

2390ha

 

転換林

2660ha

840ha

1500ha

500ha

9090ha

6710ha

4700ha

1700ha

保護林

 

4950ha

5460ha

 

 

 

14040ha

12170ha

12119ha

 

a) Ministry of Forestry Republic of Indonesia

   b) Directorate General of Forest Inventory and Land Use Planning

   c) National Forest Inventory of Indonesia (NFI)

Indonesia-UK Tropical Forest Management Program(1999)→既伐採地は再び商業伐採可能なレベルに回復不可能なほど不法に過伐されており、近年転換林から伐採される丸太の比重が高まっていることからみても、2020年代には天然林資源は枯渇と予測

     盗伐の横行…97年では4100万mが公式に記録されていない小径木と不法伐採

(総丸太消費量8650万m)(公式な丸太生産量2990万m)-(輸入量1050万m)

-(古紙の再生分490万m)=4100万m

・人工林面積は99年時点では230haにとどまっており、95~99年までの人工林からの伐採された丸太の年間平均伐採量は264万mにすぎない。

・IMFの構造調整融資で、85年以降輸出禁止状態であった丸太の輸出を500万mを上限に再開し、輸出税も986月から30%98年までに20%99年末までに15%2000年に10%に下げるように勧告している

 

(結論)

・東南アジア諸国の例を見る限り、林産物輸入国にとっても、林産物輸出国にとっても自由貿易は適切な森林管理、土地利用を妨げる要因となっている