(政策のための要旨)
森林総合研究所 藤原敬
2001年9月20日
90年代のはじめから、ガット・OECDなどの国際的な舞台で繰り広げられた、「環境と貿易」の相互関係に関する国際的な議論は、各国の貿易政策・環境政策のみならず各国の林業政策にも影響を及ぼす可能性をもっている。小論では、この議論の過程を、@経済の国際化による環境政策への影響に対する対応、A環境問題の国際化による貿易政策への影響に対する対応、の二つの側面にわけて明らかにした。議論を総括していえることは、第一に、経済の相互依存関係が進行する中で、適切な環境政策及び関連する政策が国際的な協調の下に実施されることがきわめて重要になっていること、第二に、そのような環境政策が実現しないままさらなる自由化などにより、経済的依存関係を強めてゆくことは、環境破壊を助長する可能性をもっていること、第三に、国際的な協調を図っていく上で貿易規制などの手段は有効な働きをはたす可能性があること、等である。
これらを踏まえて現下の林業政策の林産物貿易政策につい示唆するところは次の3点である。
ウルグアイラウンドに続く多角的貿易交渉の開始を目指していた、1999年のWTO第三回閣僚会合に向けて、WTO事務局・米国貿易代表部(USTR)・国際的環境団体である世界資源研究所(WRI)などが相次いで環境と貿易、林産物貿易に関する報告書を発表した。次期貿易交渉の中で環境問題や林産物貿易問題が大きな課題となる可能性を伺わせるものである。我が国の林業関係者は環境問題に直接利害関係を持つ当事者として積極的な対応が求められる。
世界的な森林管理についての関心が高まっては来ているものの、持続可能な森林の実現に向けての歩みは遅々としており、G8主要国サミットの中でも違法伐採問題を含む森林行動計画が議題になるなど、各国の不十分な森林管理体制が明らかになっている。本分析で明らかにしたように、そのような不十分な森林の管理体制を放置したままでこれ以上貿易の自由化を進めると、国際的な木材の需要によって「保続的でない伐採を促す可能性」につながるということは、WTOの報告書ですら指摘している貿易と環境の議論に参加したアクターの最低限の合意である。このことを主張のベースとすべきであり、その場合、「持続可能な森林経営に向けたグローバルな戦略」を同時に提起することが必要だろう。
持続可能な森林経営に向けたグローバルな戦略として、国際森林条約が最初に提案されたのは1980年代の熱帯林の保全についての国際的な取り組みを批判的に評価した、「熱帯林行動計画独立評価報告」である。その後、1990年のヒューストンにおける先進国サミットにおいて準備中の「地球サミット」に向けて森林条約の実現への交渉を開始すべきであるとされ、準備会合の中で議論されたが、資源の主権を主張する途上国の反対で地球サミットでの法的拘束力をもつ条約の実現はならなかった。その後国連の地球サミットフォローアップ会合の中で議論が継続されているが、必ずしも合意の方向に向かっているわけではない。1990年代初頭の国際協調の議論が熱帯木材ボイコットの回避を引き金に高まったように、今後WTOラウンドの推進を引き金として新たな条約議論が高まる可能性がある。我が国が森林条約の主導権を取るべく、@加盟国が森林管理を持続的に行っていくための基準、A途上国に対する援助の枠組、B実施のための担保など、包括的な検討をすすめ準備する必要がある。
林産物貿易の拡大によって各国の林業や関連する環境政策が相互に影響を及ぼす状況になってきている。我が国にとっても、輸入材の生産国の再生産コストが価格に反映しているかということは、国内林業の生産条件を左右する重大問題である。その意味で持続可能な森林経営への国際的な協調した作業は不可欠な課題であり、また、違法伐採問題などは緊急に解決すべき課題である。また、この議論の延長上で、各国の林業に対する助成施策の問題が顕在化してきてくることとなろう。各国の不適切な政策により林業事業体が助成を受けることになり国際的に負の影響を与えている事例として、@森林の所有権が不確定なことによる地代の内部化の不徹底、A丸太の輸出規制による原料価格の低廉化、B違法伐採の管理不十分・開発補助金の支出による環境コストの内部化の不足、などが指摘されている。我が国の政策立案の際にも、特に川下の林産物加工や流通にかかる助成政策については、このような展開を念頭に置いて慎重な組み立てが必要となっている。