「持続可能社会における循環の意味」

 

京都大学大学院工学研究科

環境地球工学専攻 教授 内藤正明

        

 

1.持続可能社会が求められる背景

いまや人類の生存そのものが持続不可能になることが危惧される時代となった。しかし、いつその危機が来るのかについての見解は大きく分かれる。参考になる最近の知見は、GEO2000レポートと、「限界を越えて」であろう。 これらを一言で要約すれば、「資源と環境に関する種々の危機が加速し合って、21世紀のかなり早い時点で顕在化する」ということである。これはもはや従来言われてきた将来世代ではなく、現世代ですら危機に直面する可能性を示唆している。にもかかわらず我々は必ずしもその実感を持っていない事実は、興味深い分析対象である。

 トップへ

2.持続不可能な状態をもたらしたもの

今日のこのような事態をもたらした原因については、戦後の大規模工業化から石油文明、さらには遥かクロマニヨン型人間そのものの中に問題点を探る議論がある。このあたりをいま、特に科学技術に携わる者が認識をしておくことは重要である。それはいま、かってないほど技術に対する批判が起こっているからである。例えば河宮は、現在の地球的危機状況を技術で解決しようとする考え方を、「ドラえもん仮説」と呼んで強く批判している。その意は、熱力学と物質保存則の無視であるとし、二酸化炭素処理をその一例として挙げている。また、武田も工業製品のリサイクルは環境や資源を守るという目的において合理性はないとしている。

このような厳しい問題提起を踏まえて、これから技術をどう再構築するかがいま問われている。参考までに、これまでの歴史認識と技術・社会の関係を、様々な識者の意見も引用しつつ要約表示してみた。表−1は、無限世界観からの脱却と、その下での新たな技術や経済の変革の必然性を示す。表−2は戦後の経済復興政策がもたらした功罪と共に、今後の展開方向として、国が「技術依存シナリオ」を、各地方が「自然共生社会への変革シナリオ」を指向している状況を示す。

 トップへ

3.どうすれば持続可能社会ができるのか

上述のような歴史的背景を認めるならば、大規模工業と都市化こそが問題の大きな根元であり、したがって持続可能社会は技術依存では実現しない。むしろそのアンチテーゼとして、自然生態系に基盤を置く農山村こそがその可能な場であると考えるのは、当然の論理的帰結である。その上でもう一度技術や産業のあり方、それを支える社会経済の仕組み、さらに人はいかに生きるべきか、にまで遡って、真の自然共生による新たな社会の在り方を模索する必要があろう。現にわが国でもこれまでに、このようなハードからソフトに至る様々な変革の動きが、徐々にではあるが見られはじめた。それらをキーワードで要約すると表−3のようである。これらの中で、多くの課題を含む「ゼロエミッション」と「循環」に関して若干の考察を加える。

【ゼロエミッション】:これはある対象系からの環境負荷を、ゼロに近づけることとされる。しかし、個別の処理が他の廃物、特にCO2を一層増大させることから、もはやendofpipe 技術から脱して「循環」が求められ、それがいまわが国の最大課題となっている。しかしこれも武田の批判にあるように、工業製品については循環が有利かどうかの判断は難しい。一方、農林系有機物については、本来自然の力で循環可能であるが、これも本気で循環を持続するためには、外部からの入力(輸入)を削減せざるを得ないのは、物質保存則からも当然である。いま少なくとも地球全体が有限の閉鎖系であることは認識されていて、人間活動が世界全体としては、(物質的)に完結していることは必然である。ただし問題は、地球全体で完結することと、地域が個々に完結することとの関係である。この点の理解なしには、グローバリゼーションと地域自立の整合、適正な自立規模と形態、といった最も知りたい知見も見えてこない。

【循環】:専門分野や立場によって、"循環"という語にも様々な概念がある。最も大きなスケールは、大気大循環(General Circulation)で、温暖化では主に炭素(CO2CH4)の循環が問題となるが、特にCOP-3を契機に、大気からのCO2吸収源としてバイオマスが重視されると、地域のC−循環と大循環との関係は切り離せない。また地球スケールの窒

素・燐循環については、農林業資源との関連で重要な対象となる。世界中から食料品を大量輸入し、これが輸出国側の肥沃成分の枯渇と、日本での富栄養化というNPの世界的偏在をもたらしている。しかし、これを回復する人為的な静脈系は考えにくい。やはり自然の大気や海洋circulationに期待するしかないだろうが、貿易がこのままでは偏在は一層深刻となろう。一方、人工的循環も府県規模の広域から、都市、企業、住宅地など様々な主体とスケールの循環が起ころうとしている。それら多様な循環の環を如何に自然共生型の物質サイクルとして、トータルに再構築するかが今後の課題である。少なくとも、それぞれのサイクルを単なる再生技術によって場当たり的に作るのは、新たな矛盾を再生産することになりかねない。

【生態原理への転換】結局、持続可能社会では、物やエネルギーの流れを全体として「生態原理」に従ったシステムに再構築し、しかもこのようなシステムを受容する社会に変わることを前提としている。ジョン・ライル氏の再生研究センターはそのような理念に立った実践モデルとして構想されたものである。では生態原理とは何か。その具体化こそがこれからの我々にとって最大の課題であるが、それは「生態工学」(須藤ら)をヒントに、熱力学と生態学の原理に立ち戻って再構築された技術・社会システムと思われる。これについてヒントとなるキーワードを要約してみる(表−4、5)。

以上のことを総体として出来上る、「持続可能社会」の具体イメージはどのようになるだろうか。この作業を科学知見にたって論理的に行うのが、これからの研究者にとっても最も大きなこれからの挑戦課題であろう。

 トップへ

参考文献

1) 河宮信カ:熱学から見た都市・工業文明の歴史的位相

(「科学技術のゆくえ」ミネルヴァ書房)(2000

2) メドウズら:「限界を越えて」Earthcan Publication Limited 1992

3) 市川淳信:「暴走する科学技術文明」岩波書店(2000

4) 武田邦彦:家電リサイクル・百害あって一利なし(「文芸春秋」)(2000

5) 須藤隆一:「生態工学」朝倉書店(2000


トップへ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 トップへ