森林の管理と生物多様性の保全 ―課題と提案―
山浦 悠一 氏(森林総合研究所森林植生研究領域)
中村 太士 氏(北海道大学大学院農学研究院)

1. 日本の森林の生物多様性とその脅威への対策
 日本は世界トップクラスの森林率を誇る、文字通り森林大国である。しかし、
手付かずの森林はほとんど残っておらず、天然林は生物相が貧弱な針葉樹人工林
によって置き換えられてきた。日本の森林の生物多様性の第一の脅威は、天然老
齢林(図a)の減少である。この脅威への対策は天然老齢林の保護や再生であり、
もう一方の対策は、人工林内で天然林性生物を守るという逆転の発想である。立
ち枯れ木や広葉樹の維持、下層植生の発達が有効だろう。森林を取り巻く状況の
多様性から、両対策を組み合わせたハイブリッドプランを提案したい。
 森林の生物多様性の第二の脅威として、半自然草地や伐採後間もない林といっ
た人間によって維持されてきた攪乱生態系の減少を挙げたい。経済的価値を失っ
た半自然草地は人工林に転換され、森林は伐採されなくなった。現在、攪乱生態
系に依存した遷移初期種の全国的な減少が指摘されている。ここで、植栽直後の
成立段階の林(図b)に遷移初期種が生息することに注目したい。景観内での林業
の維持再生は、遷移初期種の保全に寄与するだろう。
2. 明らかになった課題
 研究が進展すると同時に、多くの課題が浮上してきた。以下に主要な3 つを挙げる。
・そもそも生物多様性を計測するのが難しい。野外で生物の数を正確に計測する
のは多くの場合不可能である。
・生物多様性を構成する分類群は多様で、分類群により環境に対する反応やスケー
ルがまちまちである。
・林分構造や景観構造に対する生物多様性の反応は連続的で、明確な閾値は通常
検出されない。そのため、生物多様性を保全するための分かりやすい指針が設
定しづらい。
3. 提 案 ―環境保全型林業のガイドライン―
 これらの課題に阻まれ、研究は現場に貢献できていない。今後研究が大きく進展し、
状況が一気に打開されるとも考えられない。そこで講演では、思い切ったガイドラ
インの作成について考えたい。現場で応用可能な「たたき台」を限られた知見から
作成することであり、「ないよりまし」という発想である。

2.北海道有林における生物多様性を考慮した森林施業
本阿彌 俊治 氏(北海道水産林務部森林環境局道有林課

北海道有林は、北海道が所有し、整備及び管理をしている森林のことです。道
有林の面積は、約61 万ヘクタールあり、これは、茨城県とほぼ同じ広さで、北海
道の土地面積の約8%、森林面積の約11%を占めています。道有林の整備・管理
を進めるため、道においては、「道有林基本計画」を策定し、水源涵養や山地災害
防止をはじめとする森林の持つ多面的な機能を発揮できるよう、路網を整備し人
工林の整備などを実施しています。森林施業の計画に当たっては、希少な野生動
植物の生育・生息の場の保全、渓畔林などの確保に努め生物多様性保全に取り組
むため、小流域を単位とした森林の適正な配置や適切な森林整備を実施するとと
もに、希少な野生動植物に対しては、個別林分に対応することを基本とするなど、
空間スケールに応じた取組を進めています。
 小流域単位における主な取組としては、市町村は市町村森林整備計画において
地域の森林の整備・保全をどのようにすすめるのかゾーニングにより方向性を示
すことになっており、道有林においては、全体の1割弱にあたる約4万8千ha の
森林を生物多様性保全ゾーンに設定しています。
 林分単位における主な取組としては、「道有林森林施業指針」を策定し、森林施
業を実施する際には、自主規制を行っています。例えば、人工林の主伐の際には、
モザイク状複層林施業を基本としており、木材等生産林で単層林施業を実施する
際にも、1伐採面の大きさを、法令等で許される面積より小さい5ha 未満として
います。
 個別林分における主な取組としては、希少な野生動植物の生育・生息地や保護
林など貴重な森林は、「生物多様性保全の森林」として34 箇所設定し、保全して
います。
 また、道有林の空知管理区では、人工林の主伐時に一部の立ち木を残し、効率
的な木材生産と環境保全の両立を目指す「保残伐施業」の大規模実証実験のため、
試験研究機関に対してフィールドを開放しています。皆伐区や広葉樹保残区を設
定し、皆伐した場合に比べ、植物、鳥類、昆虫などの生態系や水源かん養機能な
どにどの程度の影響が見られるか試験研究機関と連携して検証しています。
 今後、主伐期を迎える人工林資源を十分に利用していく中で、効率的な木材生
産と公益的機能の発揮を両立させる森林施業が道有林には求められています。加
えて、行政の透明性の観点からも、森林施業の成果について、具体的な指標によ
るわかりやすい情報公開も必要で、森林施業が生態系に与える影響について定量
的に明らかにしていくことが今後の課題となっています。


3. 市町村における森林政策と生物多様性保全
鈴木 春彦 氏(豊田市産業部森林課)

市町村の森林政策で最も重要なことは、自分の担当する地域の森林の特徴や社
会的な条件、地域住民のニーズを十分に把握した上で政策立案することである。
たとえば日本の森林は私有林率が58%と私有林のシェアが高いことが特徴だが、
私がフィールドにしている愛知県豊田市は89%とさらに高く、以前のフィールド
だった北海道標津町は17%と極端に低い状況である。その他の様々な指標におい
ても、全国、豊田市、標津町では異なることが多く、日本の地域の多様性を如実
に表す結果となっている。全国平均データだけで議論し一律の政策を打っても、
外部の優良事例をそのまま地域に当てはめてみても、上滑りな結果に終わること
が多い。まずは、ローカルな視点で、ローカルな議論を十分にすることが何より
も大切である。
 次のステップとしては、科学的知見や他地域の事例などを必要に応じて取り込
んでいく、柔軟で広い視野が必要になる。たとえば生物多様性保全の取り組みは、
保全対象とする種の生態や周辺環境との関係について、専門的知識がなければ実
質的な対策を取ることはできない。市町村フォレスターが、研究機関や行政関係
など幅広くネットワークを持つことができれば、それだけ政策の質は上がり、ま
た政策オプションを増やすことが可能となる。
 これらのことを踏まえた上で、生物多様性保全など比較的新しいテーマについ
て、市町村で政策展開していく手法には大きく分けて2つある。一つ目は新しい
仕組みを作ること、二つ目は既存の仕組みを上手に使うことである。今回の報告
では、前者の事例として豊田市で実践している間伐推進のための会議―団地方式
の取り組み、後者の事例として標津町で実践した河畔林ゾーン保護の取り組みを
題材として、政策展開のポイントや課題について議論したい。


4.やればできる!コモンズ林業とその可能性
草苅 健 氏(NPO 法人苫東環境コモンズ 事務局長)

 時代は今、いくつかの節目を迎えている。そのうちのひとつは、増大、拡大を
基調としたものの考え方から、改善や調整などによるよりていねいな仕組みへの
変化であり、現在、まさにそのステップに差し掛かっているように見える。身の
回りで感じる典型が、土地の所有のあり方、とりわけ森林など社会的共通資本と
よばれるものを「みんなもの」として共有するあり方ではないかと思う。
 わたしは広大な緑地管理にかかわっていた関係で、転職後も市民としてその雑
木林などの保育に携わり、気づいてみるとざっと約40 年間、同じ林と向き合って
いた。所有セクターから市民側に立場が変わり、その林が次第と放置されるのを
見るにつけ、プライベートな所有という囲い込み状態から、コモンズのような地
域の住民が共有する感覚の土地利活用への移行が可能ではないかと考え始めた。
幸い、ややして数100ha の雑木林や湿原をコモンズのように利用する管理協定を
所有者と結ぶことができ、コミュニティの町民や市民の利用が可能な仕組みを実
践してきた。
 特にコミュニティが中心となって、隣接する100 ヘクタール足らずの雑木林で、
枯れ木やツル、傾斜木の除去、さらに混み過ぎた広葉樹の間伐を通じて、薪を作
りつつ森林散策のできるフットパスも作っていく工程を「コモンズ林業」と呼ぶ
ことにした。
 この活動は自然に回転するようになり、将来の展望も課題も見え始めている。
そこで発見したことの一つは、プロがやることとあきらめられていた林業のよう
なものが、やりようによって素人でもできること、もう一つは、その土地その土
地の実情に合わせれば地域の経済にも寄与し、需要と供給とマンパワーがうまく
つながること、3つめは、生き物多様世界を保証するのは、やはり林を放置する
ことではなく木を伐ること、つまり伐採によるギャップや環境改変、あるいは隙
間の多い人工工作物である、ということだった。
 また、生物多様性がもてはやされる一方で、多様な生き物と共生するのはごめ
んだ、という感覚も明確になってきた。人々は都市サイドのアメニティ感覚から
今や離れにくい。不快昆虫や爬虫類などと隣り合わせでいるよりも、少し距離を
おいて快適さを求めたいということにも理はある。一定の距離を保ちつつ環境を
シェアする。自然を日常とするのか距離をおいて週末などにするのか、それを種々
選択できることも現代の文明と呼べる。